密雲みつうん)” の例文
ようやく村はずれに来た頃は、もういつの間にか見えなくなって、恨めしそうに、ふり仰ぐ空は、おなじ灰色の密雲みつうんである。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
暗灰色の密雲みつうんは、みっしりと空をめ、褪色たいしょくした水彩画のようなあたりには「豊さ」というものは寸分も見出せなかった。
自殺 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
いまはそれさへ天涯でんがい彼方かなたちて、見渡みわたかぎ黒暗々こくあん/\たるうみおも、たゞ密雲みつうん絶間たへまれたるほしひかりの一二てん覺束おぼつかなくもなみ反射はんしやしてるのみである。
その春、私が連れて行かれたその狂院きょういんに咲き満ちてた桜の花のおびただしさ、海か密雲みつうんに対するように始め私は茫漠ぼうばくとして美感にうたれて居るだけでした。
病房にたわむ花 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
翌朝の新聞紙に『大演習の犠牲。青軍の戦闘機二機、空中衝突して太平洋上に墜つ。乗組の竹花、熊内両中尉の死体も機影きえいも共に発見せられず。原因は密雲みつうんのためか……』
恐しき通夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
星の光が海底の真珠のように三つ四つ二つきらめいていたので、やれ安心と思う間もなく密雲みつうん忽ち天を閉じて、幽霊のような白い霧が時々すうと小屋の中まで這入って来る。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
プロペラは音ひびかへれいつ知らず密雲みつうんの中に入りてしばあり
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
大空は濃く澄み渡って半点の隈もない、ただ見下ろすトゥーンからベルンの台地には湖のように密雲みつうんが閉じている。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
西にかたむいた太陽は、密雲みつうんの蔭にスッカリ隠れてしまったり、そうかと思うと急にその切れ目から顔を現わして、真赤な光線を、機翼きよくに叩きつけるのだった。丁度、そのときだった。
恐しき通夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
こと今宵こよひ密雲みつうんあつてんおほひ、四へん空氣くうきへん重々おも/\しく、丁度ちやうど釜中ふちうにあつてされるやうにかんじたので、此儘このまゝ船室ケビンかへつたとて、とて安眠あんみん出來できまいとかんがへたので、喫煙室スモーキングルームかんか、其處そこあつ
ベッドに近い窓からは、ハルデルの絶壁が、青葉の梢にのしかかって、今日は尾根は密雲みつうんに深くとざされておる。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
そして三十分程ちらりちらりと月の顔を見ることが出来たと思うと、あとは又元のように密雲みつうんに蔽われてしまう筈である。月が顔を出している三十分の間に私は仕事をやらねばならない。
空中墳墓 (新字新仮名) / 海野十三(著)