かっ)” の例文
彼は怒りのためにかっとなり、つぶてのように駆けつけると、かよの上にのしかかっている蔵人のえりを掴み、力まかせにひき起こした。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
僕の顔は何かわからぬものをかっと内側に叩きつけている顔になっている。人間の眼はどぎつく空間をなぐりつける眼になっている。
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
縄にとりついている長吉を引摺りながら、前から棒で打ってかかった長太に向って、烈しき怒りと共に、ムク犬はかっと大口をあきました。
肩をそばだて、前脚をスクと立てて、耳がその円天井まるてんじょうへ届くかとして、かっと大口を開けて、まがみは遠く黒板に呼吸いきを吐いた——
雪霊続記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それが駐在官の頬を破って血を流したが、血を見てかっと猛り立った駐在官から身をひるがえして、王女は王宮の廊下を後宮ザナナの方へ駆け出して来られた……。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
思わずかっとなって、彼は拳を固め人々を押分けて飛出そうとする。背後うしろから引留める者がある。振切ふりきろうと眼をいからせて後を向く。子若しじゃく子正しせいの二人である。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
女ふたりに云い込められて、逆上のぼせあがった要作は、女房の髪をつかんで滅茶苦茶になぐった。お霜もかっとのぼせて、いっそ死んでしまおうと川端へ飛び出したのである。
私はこれを見て、かっとしてしまって、彼の女の腕を取って、窓から引ずり落そうとしたのです。と、——その瞬間に、彼の女の夫は、ピストルを手にして、飛び出して来ました。
実は、益満さんに、飛んで行きましたよ、何うしようかって——するてえと、先生のたまわく、捨てておけ、と。かっとしましたよ。張扇で、叩き殺そうかと思いましたが、待てしばし。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
クリストフはかっとして、曲の半ばで立ち上った。だれもそれを気にかけなかった。
児太郎は、またかっとしてにらまえた。弥吉はどう言っていいか分らなかった。どう言ってもげられてしまうのが何時いつもの言葉癖ゆえ、黙ってうつ向いた。そして低い声で、うつ向いたまま答えた。
お小姓児太郎 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
いまかれの口から、将軍家こそ罪悪の元兇であるといわれたとき、吉宗は、一とき、かっとしたが、とたんにまた、この日頃、聞きたいと思っていた言葉をいきなり聞かされたような心地もした。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
房二郎はかっとなったが、桜所のにこやかに微笑しているのを見ると、気がくじけてどなり返すこともできなかった。
へちまの木 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
お角があの晩、おそく両国の小屋へ帰って来た時分に、まだ茂太郎が帰っていませんでしたからかっとしました。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
日中ひなか硝子ビイドロを焼くが如く、かっと晴れて照着てりつける、が、夕凪ゆうなぎとともにどんよりと、水も空も疲れたように、ぐったりと雲がだらけて、煤色すすいろの飴の如く粘々ねばねば掻曇かきくもって、日が暮れると墨を流し
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それを見ると、お絹はかっとのぼせて、悪女が更に鬼女のようになって、そこの台所にあり合わせた出刃庖丁をとって、孤芳を殺そうとして暴れ込んだので、孤芳はおどろいて庭へ飛び降りる。
半七捕物帳:50 正雪の絵馬 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その無感激のニヤリが私をかっとさせた。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
押しのけられた老人はかっとなり、杖をひきずって、かれらのあとを追った。追いつきながら叫んだ。
似而非物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ただに全くもてあましたのみならず、そのあまりに執拗しつような言い分にかっと腹を立ててしまいました。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「——十幾年かの辛苦が水のあわとなり、まぢかに迫った結婚もだめになった、しかも相手は金もうけが目的なんですからね、これではかっとなるのもむりはないと思います」
こんな毒口は楽屋うちで言い古されている毒口でしたけれども、単純な米友はかっと怒りました。
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「屠殺者だと」七兵衛は口をあき、そしてかっとなった、「われわれを、屠殺者だと、いうのか」
この時、神尾主膳は——よせばよかったのですけれども、来客の手前と、例の通り酒気を帯びていたのだからかっと怒って、真先に自分が長押なげしから九尺柄の槍を押取おっとりました。
署名はもちろん、そのぬしを暗示するなんの印も付いていない、志保は心をかき乱された、生れて初めて全身の血がかっと燃えるように感じ、文を持つ手が恥ずかしいほど顫えた。
菊屋敷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
根付ねつけとかますとが、十文字の鞘で支えられたのだから、ちょうどいいあんばいにひっかかったのではあったけれども、それが大事の槍であったから、槍持のやっこかっとしました。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ぐしゃっと、顔がぬかるみへ埋まったとき、彼は屈辱と怒りのためにかっとなった。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
お松は胸がさわいで、気がかっ逆上のぼせるようであります。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
代二郎がそうだと答えると、彼はかっとなって、ちょっとどもりながら叫んだ。
初夜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
お角はかっと怒りました。
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「てめえおれを笑うのか」男ははずかしめられでもしたようにかっとなった
暴風雨の中 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
お浜はかっとなり