喪心そうしん)” の例文
それにも拘らず、今諸戸が、この品物の処分法を指図もしないで、喪心そうしんていで立去ったというのは、よくよくの事情があったことであろう。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それが、見えなくなった後も、喪心そうしんした人間のごとく、じっと立ちつくしている。夜虹よにじのようなあまの川と秋風のささやきがその上にあった。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わたくし此時このときまでほとんど喪心そうしん有樣ありさまで、甲板かんぱん一端いつたん屹立つゝたつたまゝこの慘憺さんたんたる光景ありさままなこそゝいでつたが、ハツと心付こゝろついたよ。
ですから新蔵は電話口を離れると、まるで喪心そうしんした人のように、ぼんやり二階の居間へ行って、日が暮れるまで、窓の外の青空ばかり眺めていました。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
松原の中にはいって、草をしいて、喪心そうしんした人のように、前に白帆のしずかに動いて行くのを見ていることもある。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
第三の犠牲者は、眉毛まゆげの細いお千代だった。捜査係長は、喪心そうしんていで、宿直室の床の上へ起き直ったまま、なかなか室から出て来そうな気色けはいもみせなかった。
電気看板の神経 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ジョージ・佐野は喪心そうしんして夢遊病者のように部屋から出て行きました。そして妾は、モナコのさいの目に現れる妾自身の運命に対して、不吉な予感をその時感じました。
バルザックの寝巻姿 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
自身も舌を噛みきって一時喪心そうしんするほどの狂言をはたらかなければならなかったのでしょう。
不連続殺人事件 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
そのそばの岩の上には、あの、ネネが、前よりも一層美しくなったように思われるネネが、喪心そうしんしたように突立って、手を握りしめ、帽子を飛してしまった頭髪かみのけを塩風になびかせながら、凝乎じっ
腐った蜉蝣 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
そのそばには徳三郎が血に染めた短刀を握って、喪心そうしんしたようにぼんやりと坐っていた。どう見ても、かれが女を殺したとしか思えないので、幸次郎はその刃物をたたき落としてすぐに縄をかけた。
半七捕物帳:30 あま酒売 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
と叫ぶと甚太郎は、喪心そうしんしたように眼を据えた。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
喪心そうしんしたように、それを京子の手にかえした。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
余りの痛さに、喪心そうしんしたのであろう、鏡の曇りのような薄い汗が顔に浮いていたが、唇の中にはなんの異常もなかった。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
喪心そうしんのお手を取ってあげたり、おからだを持ちささえたりして、やっと、主上以下の方々を、堂のうちへ隠し終ると、仲時は、はじめて多少のおちつきをえた。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
有明けの空のような、仄白ほのじろい、おびえた女の顔が、斜めに頭巾からくり出されたが、そのとたんに、波越八弥は、ほとんど、喪心そうしんするような驚きをあらわして
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのひじや膝の下へまで、ぬるい液体がこんこんとひたしているのも感じないくらい、喪心そうしんしたかのていである。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
火焔の中から、無我夢中で躍りだした万吉は、喪心そうしんしているお千絵様を肩にかけ、またお綱を励ましながら、やッとのことで、太田媛おおたひめ神社の境内へ逃げ下りてきた。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふたりの家臣が目のまえに斬られて、血しおの中に喪心そうしんしていた曹植が、その蒼ざめた顔をあげてふと見ると、それは自分たち兄弟を生んだ実の母たる卞氏べんしであった。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
職責を感じるの余り、覚之丞はなかば喪心そうしんていであった。ただ割腹して、こよいの責めを負おうという決意のみが、ややもすれば先だって、思うように口がきけなかった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
麻幹おがらを斬るという言葉はあながち誇張ではない。斬られるものが、狼狽のあまり半ば喪心そうしんしてしまい、斬る者は手に入って、斬るごとに無我心業の境になってゆくのである。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、喪心そうしんしたり、いたずらにたけってうろうろしているのが、大部分の者の状態だった。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お綱は、心をあとに残して、なかば、喪心そうしんしているお千絵を助けながら登ってゆく。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
啓之助は、喪心そうしんしたようになって、唇をワナワナふるわせていた。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
貂蝉は、喪心そうしんしているもののように、うつろな容貌かおをしていた。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それを見入っているうちに、老母も喪心そうしんしてしまった。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
喪心そうしんしたようになって、ふわりと、宅助の体を離した。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
同時にその喪心そうしんを強く反撥はんぱつしていたのも彼自身だった。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
帝は、喪心そうしんせんばかり驚いて
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼女は、半ば喪心そうしんしていた。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)