仮寓かぐう)” の例文
白雲はその書物を買って来て両国橋の仮寓かぐうへ帰り、即日その書物を読みはじめましたが、実に、こんな面白い本はないと思いました。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
仙台坂を少し下って行くと、右側に米内海軍大臣の仮寓かぐうがあった。米内さんの家は原宿だったが焼け、それ以来ここに来て居られる由。
海野十三敗戦日記 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そこは平田門人仲間に知らないもののない染め物屋伊勢久いせきゅうの店のある麩屋町ふやまちに近い。正香自身が仮寓かぐうするころもたなへもそう遠くない。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
僕は父の歿した時、民顕ミユンヘン仮寓かぐうにあつてこのことを想出おもひだして、その時の父の顔容を出来るだけおもひ浮べて見ようと努めたことがあつた。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
父の俊亮しゅんすけが退学の事情をくわしく書いて朝倉先生に出してくれた手紙の返事が来ると、かれはすぐ上京して先生の大久保の仮寓かぐうに身をよせた。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
田中舘たなかだて先生の肖像を頼む事に関して何かの用向きで、中村清二せいじ先生の御伴をして、谷中やなかの奥にその仮寓かぐうを尋ねて行った。それは多分初夏の頃であったかと思う。
中村彝氏の追憶 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
それから間もなく僕の探求が始った。僕はその人たちの家をはじめてこっそりたずねて行った。山のふもとにその人たちの仮寓かぐうはあった。それから僕は全部わかった。
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
松江しょうこうへ行って、道士の太古庵たいこあん仮寓かぐうしていた。その時に見たのは、かじかを切るの術である。
おゆうさんと相良さがらうじが大阪に仮寓かぐうのころ、あんたに乳をふくませた乳母うばじゃとかいう。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
敬意を表しかたがた今後の寄書をも仰ぐべく特に社員を鴎外の仮寓かぐうに伺候せしめた。
鴎外博士の追憶 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
五日、いったん湯の川に帰り、引かえしてまた函館に至り仮寓かぐうを定めぬ。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
家のない私は三十前後のころ谷中やなか真如院しんにょいんという寺に仮寓かぐうしていた。
独り碁 (新字新仮名) / 中勘助(著)
毎月一回、青楓氏の仮寓かぐうに集って翰墨かんぼくの遊びをするようになった。
御萩と七種粥 (新字新仮名) / 河上肇(著)
浜磯はまいそ仮寓かぐうでさびしく帰幽きゆうしたらしいのであります。
最初の一月ほどは時雄の家に仮寓かぐうしていた。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
その手紙をくれた景蔵も、ひとまず長い京都の仮寓かぐうを去って、これを機会に中津川の方へ引き揚げようとしていることを知った。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
帰朝当座の先生は矢来町やらいちょうの奥さんの実家中根なかね氏邸に仮寓かぐうしていた。自分のたずねた時は大きな木箱に書物のいっぱいつまった荷が着いて、土屋つちや君という人がそれをあけて本を取り出していた。
夏目漱石先生の追憶 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
いずれも書き捨ての反古ほご同様のものであったが、その中に「十番雑記」というのがある。私は大正十二年の震災に麹町の家を焼かれて、その十月から翌年の三月まで麻布の十番に仮寓かぐうしていた。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
椿岳は物故する前二、三年、一時千束せんぞく仮寓かぐうしていた。
三つ所紋の割羽織わりばおり裁付袴たっつけばかまもいかめしい番兵が三人の人足を先に立てて、外国諸領事の仮寓かぐうする寺々から、神奈川台の異人屋敷の方までも警戒した。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
手洗い口すゝぎなどするうち空ほの/″\と明けはなれたるが昨夜の雨の名残まだ晴れやらず、蚊帳をまくる風しめっぽきも心悪からず。膳に向かえば大野味噌汁。秋琴楼しゅうきんろう仮寓かぐうの昔も思い出さしむ。
東上記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
かねて京都を見うる日もあらばと、夢にも忘れなかったあの古い都の地を踏み、中津川から出ている友人らの仮寓かぐうにたどり着いて、そこに草鞋わらじひもをといた時。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
こんな歌が宮村の仮寓かぐうでできたのも前年の冬のことであり、同じ年の夏には次ぎのようなものもできた。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
しかし、謹慎中の身として寄留先を変えることもどうかと思うと言って、彼は恭順のこころざしだけを受け、やはりこのままの仮寓かぐうを続けることにしたいと断わった。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
東山道先鋒せんぽう鎮撫ちんぶ総督の一行が美濃みのを通過すると知って、にわかに景蔵は京都の仮寓かぐうたたみ、郷里をさして帰って行った。その節、注文の染め物を久兵衛のもとに残した。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
いかにも、そうです、と答えた時のお民は、自分を待ち受けていてくれる夫の仮寓かぐうの遠くないことを知り、わざわざ彼女を迎えに来てくれた土地の若者であることをも知った。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
下田を去って神奈川に移った英国、米国、仏国、オランダ等の諸領事はさみしい横浜よりもにぎやかな東海道筋をよろこび、いったん仮寓かぐうと定めた本覚寺その他の寺院から動こうともしない。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)