丹田たんでん)” の例文
誦経ずきょうがすむと尊氏は半跏趺坐はんかふざ(片あぐら)のかたちをとり、丹田たんでん(下腹)にいんをむすび、呼吸をひそめて、いつもの坐禅に入ったまま
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こうなりゃあッしもお殿様にその眉間傷を眺め眺め申し上げねえと、丹田たんでんに力が這入らねえから、御言葉に甘えてお端しをお借り申します。
私は丹田たんでんに力を込めて目をつぶって揉んでもらいましたが、彼女の毒気が肩先きからみ渡るのを覚えました。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
思ひがけぬ心は心の底より出で来る、容赦なくかつ乱暴に出で来る、海嘯と震災は、たゞに三陸と濃尾に起るのみにあらず、亦自家三寸の丹田たんでん中にあり、険呑けんのんなるかな
人生 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
こんなことは全く書かいでもと思う話なので、参禅してどうなったかというと、「五年の間一日も欠かす事なく、気息を調へ丹田たんでんを練り、遂に大事を畢了ひつれうしました」
中里介山の『大菩薩峠』 (新字新仮名) / 三田村鳶魚(著)
水を飲ましてはいけぬと注意されていたので、蝶子は丹田たんでんに力を入れて柳吉のわめき声を聴いた。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
それから五年の間、一日も欠かすことなく、気息を調え丹田たんでんを練り、ついに大事を畢了ひつりょうしました。
まづ丹田たんでんに落つけ、ふるふ足を踏しめ、づか/\と青木子の面前にすゝみ出でゝ怪しき目礼すれば、大臣は眼鏡の上よりぢろりと一べつ、むつとしたる顔付にて答礼したまふ。
燕尾服着初めの記 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
薪左衛門は、狂人ながら、さすがは武士、白木の柄を両手に持ち、柄頭を丹田たんでんへ付け、鉾子ぼうし先を、はすに、両眼の間、ずっと彼方むこうに立て、ジッと刀身を見詰めた。立派であった。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そして、袴の腰板に何となく手を触れて見ながら、心の乱れを整えるため深い呼吸を丹田たんでんのあたりにめた。肉親であれば無視出来ず、それ故却って、あとあじの悪い反感が高くなっていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
この声を出すには、先ずこんな風に正座して身心を整斉虚名ならしめ、気海丹田たんでんに力をこう籠めて全身に及ぼし、心広く体胖たいゆたかに、即ち至誠神明に通ずるていの神気を以て朗々と吟誦するのです。
謡曲黒白談 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
去来は「じっと物に眺め入りながら、じっと物に案じ入った」人で、この海鼠の句を作るにつけても必ず深く海鼠の趣に案じ入って、海鼠の趣を丹田たんでんの下で考えて作ったものであろうと思います。
俳句の作りよう (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
おのれ、としんをまず丹田たんでんおちつけたのが、気ばかりで、炎天の草いきれ、今鎮まろうとして、這廻はいまわるのが、むらむらと鼠色にうねって染めるので、変に幻の山を踏む——下駄の歯がふわふわと浮上る。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
毛の生えている丹田たんでん(下腹)がぐうっとそッくり返ったと思うと、桶の中から滝を呑むように飲みだした。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただ今から顧みても、少し得意なのは、その時余の態度挙動は非常に落ちついて、魂がさも丹田たんでん膠着こうちゃくしているかのごとく河村さんには見えたろうという自覚である。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
寝もやらず待ちうけていた老職多井格之進が、逸早いちはやく気配を知って、寒げに老いた姿を見せ乍ら手をつくと、愁い顔の主君をじいっと仰ぎ見守り乍ら、丹田たんでんに力の潜んだ声で言った。
老中の眼鏡 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
「では俺の方から歩いてやれ」丹田たんでんの気を胸へ抜き、ほとんど垂直に爪先を立て、これも一種の忍術しのび骨法、風を切って一息に、北側の廊下を丑松の部屋まで、電光のように走って行った。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
しかしこれは、敵方がる心理も同様なのであるから、その殺気にめまいをせず、日頃の丹田たんでんで、沈着に押し迫った方が、じょの勝口を取ることはいうまでもない。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そうして丹田たんでんへ力をこめ、しばらくの間呼吸いきを止めた。それから徐々に呼吸をした。と、シーンと神気が澄み、体に精力がよみがえって来た。一刀流の養生ようじょう法、陣中に用いる「阿珂術あかじゅつ」であった。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その丹田たんでんの力が、満身の気となって、ええいッと、一声のもとひじが下ろされようとした間髪——
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一杯の水をのどへ下ろしたという仮想かそうを持って、彼はしかと精神を丹田たんでんに落着けるべく努めた。そのために膝を正し、姿をととのえ、平常ここにあって衆に君臨するときのままな自分を保とうとした。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かたわら、剣の理あいも、槍の理あいも同じであることを説き、そしてすべての武道が、ただ丹田たんでんの気にあること、力なき力——力を超越した心力でなければならぬ——などと講義の弁をふるっていた。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
官兵衛はまず根気とねばりを丹田たんでんに命じた。そして数献すうこんの後
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は、たかぶる動悸どうきを、丹田たんでんで抑えつけながら
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
宗厳はそうした丹田たんでんのそこで
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)