一文いちもん)” の例文
その金を旅費にしてネパール国へ出掛けた訳でありますが、私は一文いちもんでも金をくれろといって頼んで貰った訳ではない。全く皆様の
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
先生だつてかへせればとうにかへすんだらうが、月々余裕が一文いちもんないうへに、月給以外にけつしてかせがない男だから、つい夫なりにしてあつた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
おれは一文いちもんなしになって、皆にばかにされて、うえ死にをしなければならないんだ。五分り、一寸いっすんだめしも同様だ。
かたわ者 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
うちのむすこの銅像どうぞうでもたてるというなら、いくらでも金を出すが、ペテロなんかの銅像に、一文いちもんだって出すもんか。
丘の銅像 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
何でも学位論文を書いているという評判だった。彼は父の軍医と一緒に兵営の中で起居ききょして、もう三十になるのに自分のお金が一文いちもんも無いのであった。
あいにく月末で、僕自身一文いちもんの金もないのみならず、宿主の計理士が月末の例によって行方ゆくえをくらませてしまった。
青い絨毯 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
なにしろ、あいつらときたら、さんざんいしたあげく、一文いちもんもはらわず、おまけにそのおれいとして、とんでもないいたずらをやらかすんですからね。
学問がくもん智識ちしき富士ふじやまほどツても麺包屋ぱんやには唖銭びた一文いちもん価値ねうちもなければ取ツけヱべヱは中々なか/\もつてのほかなり。
為文学者経 (新字旧仮名) / 内田魯庵三文字屋金平(著)
「聞くほどもねえわさ、一文いちもんにも金になるわけじゃなし、念仏さえ唱えていれば、倖せになるっていうなら、歌を唄っても、長者になれそうなもんじゃないか」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
○「お金入れの口を開けてみて、お金が一文いちもんも無いときは何だか可笑おかしくって可笑くって、あはあは笑うのよ。たとえ困るのは知れ切っていても、若さのせいか知らん。」
現代若き女性気質集 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「あんた、気でも違ったのかね。何という乱暴をするんだ。サア、弁償して下さい。売物が台無しになってしまった、二千円がビタ一文いちもんかけても承知するこっちゃない」
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
大雅たいがは偉い画描ゑかきである。昔、高久靄崖たかひさあいがい一文いちもん無しの窮境にあつても、一幅の大雅だけは手離さなかつた。ああ云ふ英霊漢えいれいかんの筆に成つたは、何百円といへども高い事はない。
澄江堂雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
その女はいつも暮れかゝつた頃に来て、たつた一文いちもんの飴を買つてゆくのである。
小夜の中山夜啼石 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
または袋の中からいろいろな一文いちもん人形を出して並べ立てて、一々言い立てをして銭を貰うのは普通だったが、中には親孝行で御座ございといって、張子の人形を息子に見立てて、胸へしばり付け
梵雲庵漫録 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
もしあたしにいま一文いちもんもお金が無いという事がわかったら、あなたの奥さんも、お母さんも、それから、あなただって、どんなにいやな顔をするでしょう。いいえ、それにきまっているわ。
春の枯葉 (新字新仮名) / 太宰治(著)
不肖ふしょうなりといえどもわが子はわが手にて養育せん、誓って一文いちもんたりとも彼が保護をば仰がじと発心ほっしんし、そのむね言い送りてここに全く彼と絶ち、家計の保護をも謝して全く独立の歩調を
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
たった一文いちもんに靴片方
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それについては金が必要であるけれども自分の手には金が一文いちもんもなくなって、その時には既に借金が沢山出来て居ったです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
でね、少しあった株をみんなその方へ廻す事にしたもんだから、今じゃ本当に一文いちもんなし同然な仕儀しぎでいるんですよ。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私が本来ヒネクレた上にもヒネクレたのは当然で、私は小学校の時から一文いちもんの金も貰えず何も買って貰えないので、盗みを覚えた。中学へ行っても一文の小遣いも貰えない。
石の思い (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
一文いちもんの値打もみとめやしない、とでも言うようなようすで、のろのろと、さもめんどうくさそうにぶたの背中へはいあがり、それから、しぶしぶがちょうの背中へよじのぼって、あと足で立った。
カシタンカ (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「その代り向う二十年の間は、一文いちもんも御給金はやらないからね。」
仙人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「その五百は、もうおらのもんではござりません。二百は番兵ばんぺいにくれてやりました。あとの三百は、ユダヤ人が両替りょうがえしてくれましただ。法律ほうりつのうえからいや、おらのものは一文いちもんもねえでござります。」
「よくないたって、僕のような一文いちもんなしじゃほかに何も置いて行くものがないんだから仕方がなかろう」
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
もはや一文いちもんの金も懐中にはない。女房はくるりとふりむき別室へ駈け去って泣く、泣きながら翌朝のオミオツケのタマネギをきり又なく。宿六がこれ女房よと呼びかけても返事をしない。
オモチャ箱 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
宗助はあんな事をして廃嫡はいちゃくにまでされかかった奴だから、一文いちもんだって取る権利はない。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
だからボールもバットも取り扱い方に困窮する。次には金がないから買うわけに行かない。この二つの源因からして吾輩の選んだ運動は一文いちもんいらず器械なしと名づくべき種類に属する者と思う。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「桂月って何です」さすがの桂月も細君に逢っては一文いちもんの価値もない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)