“しぜん”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
自然89.6%
至善2.1%
髭髯2.1%
紫髯1.4%
祠前1.4%
子全0.7%
子善0.7%
死前0.7%
肆然0.7%
賜膳0.7%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
文化(ぶんくわ)が發達(はつたつ)して來(く)れば、自然(しぜん)何處(どこ)か漠然(ばくぜん)として稚氣(ちき)を帶(お)びて居(ゐ)るやうな面白(おもしろ)い化物思想(ばけものしさう)などを容(い)れる餘地(よち)が無(な)くなつて來(く)るのである。
妖怪研究 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
至善(しぜん)の大道(たいだう)と遊芸(いうげい)の小技(せうぎ)と尊卑(そんひ)の雲泥(うんでい)は論におよばざれども、孔子七十にして魯国(ろこく)の城北(しろのきた)泗上に葬(はうふり)て心喪(こゝろのも)を服(ふく)する弟子(でし)三千人、芭蕉五十二にして粟津の義仲寺に葬(はうむ)る時招(まねか)ざるに来る者三百余人
燕王は太祖の第四子、容貌(ようぼう)偉(い)にして髭髯(しぜん)美(うる)わしく、智勇あり、大略あり、誠を推して人に任じ、太祖に肖(に)たること多かりしかば、太祖も此(これ)を悦(よろこ)び、人も或(あるい)は意(こころ)を寄するものありたり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「思いあがるを止(や)めよ、碧眼(へきがん)の小児、紫髯(しぜん)の鼠輩(そはい)。まず聞け、真(まこと)の将のことばを」
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
祖先、頼義公も、義家公も、また亡父(ちち)義朝も、この道を何度かおひろいなされた事であろう。わけて義家公には、この宮の祠前(しぜん)で元服なされたので、八幡太郎と名のられた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「隴西(ろうせい)狄道(てきどう)の生れ、王双(おうそう)、あざなは子全(しぜん)と申す者であります」
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
源士明(げんしめい)は植村氏、名は貞皎(ていかう)、通称は彦一、江戸の人である。駿卿(しゆんけい)は木村定良(さだよし)、子善(しぜん)は頼遷(らいせん)で、並に前に出てゐる。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
多治見ノ四郎二郎国長殿も、今夜限り草葉の蔭にて、わしを責むることなくなるであろうぞ! ……この年月いかに二人の、怨みと怒りと嘲りと、憐愍とに充ちた死前(しぜん)の顔が
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
平賊の事、言ふに足らざる也、彼や鴟梟(しけう)之性を以て、豕蛇(しい)の勢に乗じ、肆然(しぜん)として自から新皇と称し、偽都を建て、偽官を置き
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
その池田勝入も、今夜の席に、居ることは居るが、こよいは亡君のお斎(とき)の賜膳(しぜん)である。酔うには酔うても、まさか槍踊りというわけにもゆくまい。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)