“かんおう”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
感應33.3%
感応33.3%
竿翁6.7%
漢王6.7%
漢皇6.7%
観桜6.7%
陥凹6.7%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
此樣(こん)な事(こと)を云(い)ふと妙(めう)だが、人(ひと)は一種(いつしゆ)の感應(かんおう)があつて、私(わたくし)の如(ごと)きは昔(むかし)からどんな遠方(えんぽう)に離(はな)れて居(を)る人(ひと)でも、『あの人(ひと)は未(ま)だ無事(ぶじ)だな』と思(おも)つて居(を)る人(ひと)に、死(しん)だ例(ためし)はないのです。
何(なに)しろ山霊(さんれい)感応(かんおう)あつたか、蛇(へび)は見(み)えなくなり暑(あつ)さも凌(しの)ぎよくなつたので気(き)も勇(いさ)み足(あし)も捗取(はかど)つたが程(ほど)なく急(きふ)に風(かぜ)が冷(つめ)たくなつた理由(りいう)を会得(ゑとく)することが出来(でき)た。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
曹操の面前には、みすぼらしい一竿翁(かんおう)が、部将たちに取り囲まれて引かれてきた。——が、さすがに一かどの者、端然と、階下に座をとり、すこしも周囲の威圧に動じるふうも見えなかった。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一竿翁(かんおう)
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
此(この)歳(とし)漢王(かんおう)高煦(こうこう)反す。高煦は永楽帝の子にして、仁宗の同母弟、宣徳帝(せんとくてい)の叔父(しゅくふ)なり。燕王の兵を挙ぐるや、高煦父に従(したが)って力戦す。材武みずから負(たの)み、騎射を善(よ)くし、酷(はなは)だ燕王に肖(に)たり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
安禄山(あんろくざん)の叛乱に、兵車の軌(わだち)のもとに楊貴妃(ようきひ)を失った漢皇(かんおう)が、のち貴妃を恋うのあまり、道士に命じて、魂魄をたずねさせ、道士はそれを、上(かみ)は碧落の極み、下は黄泉にいたるまでさがしもとめ、遂に
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平之丞が二十三歳になった春のこと、松井六弥の催しで観桜(かんおう)の宴がひらかれ、ごく親しい者ばかり五人ほど集まった。松井は曲輪内(くるわうち)にある屋敷のほか大平川の畔(ほとり)に控え家を持っていた。
日本婦道記:墨丸 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
視神経が眼球を貫いて居る乳頭と称する部分が陥凹(かんおう)して居るのを見なければ、客観的に診断を下すことが出来ません。
痴人の復讐 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)