“えた”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
得堪28.0%
穢多28.0%
得立16.0%
屠者4.0%
得耐4.0%
恵多4.0%
燕丹4.0%
4.0%
4.0%
4.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
彼をかつせしいかりに任せて、なかば起したりしたいを投倒せば、腰部ようぶ創所きずしよを強くてて、得堪えたへずうめき苦むを、不意なりければ満枝はことまどひて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
武士族ぶしぞくとうといお方をも、いやしい穢多えたをもひとしくうやまいます。ひとりをたっとびひとりをいやしみません。
手紙 二 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
に飽きた金魚のように口をモグモグさせながらも、あまりの事に声を得立えたてず、両手の指を交る交るに突き出して、前方に立ちふさがる、海鼠塀なまこべいの土蔵を指すのでした。
当時の屠者えたの事を評して、「蓋人中最下之種」と侮辱極まる言辞を用いているのも、畢竟僧侶の同一見地から出た悪口わるくちで、当時彼らの見る旃陀羅の地位を言いあらわしたものなのである。
短い夫婦みょうとの契り——ほんとに、夢だったかもしれないと、得耐えたえず門柱にりかかった千浪は、いつしか地に伏して泣きじゃくっていたのだった。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
どうでそれが発音をあらわすための仮字である以上、いかなる漢字を使用してもよいのであるから、自分は彼らの将来に天恵多からんことを祝福して、「恵多えた」という文字を使用したいと思う。
エタ源流考 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
高野山宝寿院蔵永禄十年の奥書なる「貞観政要格式目」という変な名前の書には、坂の者すなわち三家者さんかものを、連寂衆れんじゃくしゅうとも、非人とも云い、また燕丹えたとも云い
ぢいえたくしてんだつけな、そんぢや先刻さつきくすりつてもらあとこだつけな」おつぎは卯平うへい手先てさきにしてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
殊に剃刀かみそりは稀代の名人、撫でるようにそっと当ってしかもきぬを裂くような刃鳴はなりがする、とえたえて、いずれも紋床々々と我儘わがままを承知で贔屓ひいきにする親方、渾名あだな稲荷いなりというが
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
林「へえ有難ありがてえ是れは……ひえ頂戴えたしやす……有難え、まアまるで夢見たような話だという事さ、おけくさん本当にお前さん、私が此処こゝへ奉公に来た時から、ほんに思って居るよ」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)