さわが)” の例文
旧字:
それで老母を初め細君娘、お徳までの着変きかえやら何かに一しきりさわがしかったのが、出てったあとは一時にしんとなって家内やうち人気ひとげが絶たようになった。
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
わたくしは踊子部屋の光景——その暗惨あんさんとその乱雑とそのさわがしさの中には、場末の色町いろまちの近くなどで、時たま感じ得るようなゆるやかなあわい哀愁の情味を
勲章 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
戸を静かに明くれば、物のさわがしき音もなくて、此の二人ぞむかひゐたる。富子、豊雄にむかひて、君三五三何のあたに我をとらへんとて人をかたらひ給ふ。
沸くが如きその心のさわがしさには似で、小暗をぐらき空に満てる雨声うせいを破りて、三面の盤の鳴る石は断続してはなはだ幽なり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
この時、がやがや家の中がさわがしくなって、ちょうど祖母のひつぎが出る処であった。ぬかる田圃道を白い幕の廻された柩が、雨風にひらひらと揺られながら行った。
不思議な鳥 (新字新仮名) / 小川未明(著)
先生は、かれこれ面倒だったら、また玄関へ来ておれ、置いてやろう、とおっしゃって下さいますけれども、先生のお手許に居ては、なお掏摸の名が世間にさわがしくなるばかりです。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ただ思うさま吹きつくした南風が北にかわるさかいめに崖を駈けおりて水を汲んでくるほどのあいだそれまでのさわがしさにひきかえて落葉松からまつのしんを噛むきくいむしの音もきこえるばかりしずかな無風の状態がつづく。
島守 (新字新仮名) / 中勘助(著)
作者の意はあの下品なさわがしい物音まではまだ辛抱も出来るが、誰れ一人変つた服装をした者のない労働服ばかりの人の群を眺めて居なければならないことは実に不幸であると云つて、文学の平俗化
註釈与謝野寛全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
絶間たえまなく鳴りひびく蓄音機の音も、どうかすると掻消かきけされるほどさわがしい人の声やら皿の音に加えて、煙草のけむりちりほこりに、唯さえ頭の痛くなる時分
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
種田の家は或時はさながら講中の寄合所、或時は女優の遊び場、或時はスポーツの練習場もよろしくと云う有様。そのさわがしさには台所にも鼠が出ないくらいである。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そして広大なるこの別天地の幽邃ゆうすいなる光線と暗然たる色彩と冷静なる空気とに何か知ら心の奥深く、さわがしい他の場所には決して味われぬ或る感情を誘い出される時
霊廟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
われは唯みずからおのれを省みて心ならずも暗く淋しき日を送りつつしかもさわがなげかずいきどおらず悠々として天分に安んぜんとする支那の隠者の如きを崇拝すといふのみ。
矢立のちび筆 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
車の中は頭痛のするほどさわがしい中に、いつか下町したまちの優しい女の話声も交るようになった。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
さびしさ悲しささわがしさ
枯葉の記 (新字新仮名) / 永井荷風(著)