おち)” の例文
旧字:
ここがおちれば、蜀中はすでに玄徳のたなごころにあるもの。ここに敗れんか、玄徳の軍は枯葉こようと散って、空しく征地の鬼と化さねばならぬ。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やがて疲労の恢復かいふくした後おのずから来るべき新しい戯れを予想し始めるので、いかなる深刻な事実も、一旦ねむりおちるや否や
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
にでも、石にでも、当れば当れ、川にでもたににでもおちらば陥れ、彼はそうした必死的デスペレエトな気持で、獣のように風のように、たゞ走りに走った。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
何らの不自然におちいる痕迹こんせきなしにその約束を履行するのは今であった。彼女はお秀のあとおっかけるようにして宅を出た。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
されど岸辺の砂は、やうやう粘土まじりの泥となりたるに、王の足は深くおちいりて、あがき自由ならず。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
筏乗は悪く致すと岩角に衝当つきあたり、水中へおちるような事が毎度ありますが、山田川から前橋まで漕出こぎだす賃金はようやく金二円五十銭ぐらいのもので、長いかじを持ち筏の上に乗って
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
天に眼あり。決して正直な者が罪におちるようなことはありゃアしねえからのう
歌麿懺悔:江戸名人伝 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
不幸をかもす目的で夫婦になったと同様の結果におちいるし、また夫婦にならないと不幸を続ける精神で夫婦にならないのとえらぶところのない不満足を感ずるのである。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
区々まちまちに、凱歌が揚がってゆく。——それは敵の佐々木一族には、余りに無情な秋風の声と聞えたであろう。わずか一日のまにこの堅塁けんるいおちるとは誰も予期していなかった。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三人の生命を託した車台は、急廻転をして、海へおちることから免れた。が、その反動で五間ばかり走ったかと思うと、今度は右手の山の岩壁に、すさまじくぶっつかったのである。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
其処へおちいりましたはお藤と云う女の運がいので、藤蔓と藤蔓の間へ身がはさまって逆さまに成りましたから、髪も乱れ、お藤は一生懸命に藤蔓へつかまったなり気が遠くなりました。
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
その時にある程度の同化はどうしても起るべきはずである。文壇がこの期に達した時には混戦の状態におちいる。混戦の状態に陥ると一騎打の競争よりほかになくなってしまう。
文壇の趨勢 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「馬超。口先で城はおちるものじゃないよ」
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
挙止動作から衣服きものの着こなし方に至って、ことごとくすいを尽くしていると自信している。ただ気が弱い。気が弱いために損をする。損をするだけならいいがきならぬ羽目はめおちる。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その学者は現代の日本の開化を解剖して、かかる開化の影響を受けるわれらは、上滑うわすべりにならなければ必ず神経衰弱におちいるにきまっているという理由を、臆面おくめんなく聴衆の前に曝露ばくろした。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
時機を見て器用に切り上げた彼女は、次に吉川夫人からあおって行こうとした。しかし前と同じ手段を用いて、ただめそやすだけでは、同じ不成蹟ふせいせきおちいるかも知れないという恐れがあった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あざやかなる織物は往きつ、戻りつ蒼然そうぜんたる夕べのなかにつつまれて、幽闃ゆうげきのあなた、遼遠りょうえんのかしこへ一分ごとに消えて去る。きらめき渡る春の星の、あかつき近くに、紫深き空の底におちいるおもむきである。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
どんな注文が夫人の口から出るか見当けんとうのつかない津田は、ひそかに恐れた。受け合った後で撤回しなければならないような窮地におちいればそれぎりであった。彼はその場合の夫人を想像してみた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
したがって褒貶ほうへんの私意をぐうしては自家撞着じかどうちゃくの窮地におちいります。
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)