金釦きんボタン)” の例文
敬二は寝衣ねまきをかなぐりすてると、金釦きんボタンのついた半ズボンの服——それはこの東京ビルの給仕きゅうじとしての制服だった——を素早すばやく着こんだ。
○○獣 (新字新仮名) / 海野十三(著)
頤紐あごひも金釦きんボタン給仕ボーイを通じさせるとはたして私の予感どおり、「唯今大使館のお客が見えているものですから、しばらくお待ちを願います」
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
見るときに触るるときに、黒い制服を着た、金釦きんボタンの学生の、姿を、私の意識中に現象としてあらわしきたると云うまでに過ぎないのであります。
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「ねえ、明日帰つたら、私、洋服屋へ行くンだけど、あんたも行つてみてくンないかなア……。真紅まつかなスーツで、金釦きんボタンをつけて貰つたンだよ」
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
するとちょうどそこへ、真赤な土耳其トルコ帽をかぶった、せぎすな大学生が一人、金釦きんボタンの制服に短い外套を引っかけて、勢いよく外からはいって来た。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
其処へ、まだまるで紅顔の少年と言ひたいやうな金釦きんボタンの新しい制服をつけた大学生が、つか/\と歩み寄つて
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
捨吉は初めて金釦きんボタンのついた学校の制服を着てその辺を歩き廻った時の自分の心持を想い起すことが出来た。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それまでの闕腋けってき折烏帽子おりえぼしを止めにして普通の金釦きんボタンにしてしまった。初めに闕腋を恥かしがったのが、今度はこんな金釦になってつまらないという気がしてならなかった。
美術学校時代 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
金釦きんボタンの学生服のままで勤務している純情の弟……恋愛小説の挿画みたような美青年シイクボーイの癖に
冥土行進曲 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
傘をすぼめながらちょっと会釈して、寺の在処ありかを尋ねた晩成先生の頭上から、じたじた水の垂れる傘のさきまでを見た婆さんは、それでもこの辺には見慣れぬ金釦きんボタンの黒い洋服に尊敬をあらわして
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
でも鶯色うぐいすいろのドレスが美しい身体からだによく似合って、輝くばかりの美貌は人目をかないではいなかったし、兄の守も、同じ血筋の美青年で、金釦きんボタンの制服姿も意気に見えたのに比べて、殿村京子だけは
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
太功記たいこうきの色彩などははなはだ不調和極まって見えます。加藤清正が金釦きんボタンのシャツを着ていましたが、おかしかったですよ。光秀のうちは長屋ですな。
虚子君へ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と、野村も広い金釦きんボタンの胸を俊助の方へ向けながら、度の強い近眼鏡のうしろに例のごとく人の好さそうな微笑をみなぎらせて、鷹揚おうように「やあ」とうなずいて見せた。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
多くの朋輩ほうばいの学生と同じように、彼も霜降の制服のすこし緑色がかったのを着て、胸のあたりに金釦きんボタンを光らせながら、そよそよと吹いて来る心地の好い風の中を通って行った。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼は、軍帽を、床の上にげ捨てた。房々ふさふさした頭髪が、軍人らしくもなく、ダラリと額にぶら下った。それから彼は、胸の金釦きんボタンを一つ一つ外していって、上衣をスッポリ脱ぎすてた。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
無数に飾ってあるその中央あたりに、大きな四つ切り大で凜々りりしい金釦きんボタンの洋服を着て、無帽のりんと張った瞳、女のように美しい気高い容貌は、二度と私には忘れることのできぬ印象そのままであった。
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
野村は気のなさそうな声を出すと、ぐったり五分刈の頭を下げて、自分の手足を眺めていたが、やがて元気を恢復したらしく、胸の金釦きんボタンをかけ直して
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
……で当夜の服装と云うと、手織木綿ておりもめんの綿入の上へ金釦きんボタンの制服外套がいとうを着て、外套の頭巾ずきんをすぽりとかぶってなるべく人の目につかないような注意をしました。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
が、いい加減な駄法螺だぼらを聞かせられて、それで黙って恐れ入っては、制服の金釦きんボタンに対しても、面目が立たない。
西郷隆盛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
彼は実際顔の赤い、妙に目ばかりかがやかせた、——つまり猿じみた青年だった。のみならず身なりも貧しかった。彼は冬も金釦きんボタンの制服に古いレエン・コオトをひっかけていた。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
もっとも軍隊とは云うものの、味かたは保吉やすきちとも四人しかいない。それも金釦きんボタンの制服を着た保吉一人を例外に、あとはことごとく紺飛白こんがすりくらじま筒袖つつそでを着ているのである。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)