近間ちかま)” の例文
お蔭で素っ破抜きに始まった大喧嘩も流れて、おびただしい野次馬は、蜘蛛くもの子を散らすように、近間ちかまの店先に飛込んでしまいました。
しめやかではあるが、わやわやしたなかなので、気分も悪いわたしは、近間ちかまで話している、ほんの一つ二つの逸話しか耳に残らなかった。
遠藤(岩野)清子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「ああいう荷厄介な生き物だ。遠いところまでブラブラと、さげて行くような気づかいはない。近間ちかまに隠れているんだろう」
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ある真夜なかの事、ジヤンは敵の偵察を言ひつかつて、独逸軍の塹壕から、やつと十米突メートルばかりの近間ちかままでうかゞひ寄つた。
何しろ、うつくしい像だけは事実で。——俗間で、みだりに扱うべきでないと、もっともな分別です。すぐに近間ちかまの山寺へ——浜方一同から預ける事にしました。
半島一奇抄 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
すると、四ほうから小鳥ことりがそれをきつけあつまってきて、近間ちかまえだまってそのふえ自分じぶんらのともだちだとおもっていっしょになってさえずっていました。
星の世界から (新字新仮名) / 小川未明(著)
尤も元々頻繁に往復するのが目的で、こんな近間ちかまへ越して来たのである。顔を合せると直ぐ
女婿 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
高橋上總は前に私の家に居たことあり、筑波の近間ちかまでは何村の誰が金持か位は知つてゐたので、出かけて來たのであらう。下總國沼森八幡の別當だつたが、素行はよくなかつた。
天狗塚 (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
井戸端で顔を洗つたが、何となくはつきりしないので改めて近間ちかまの銭湯へ出かけて、帰つて来ると食事の仕度したくが出来てゐた。時子にお給仕して貰つてゐると、開け放されたふすまの蔭から
曠日 (新字旧仮名) / 佐佐木茂索(著)
芳三に連れられて、砂川、追分と近間ちかまの町を転々としてそして夕張にきた。岩見沢には芳三の父親がいたが、しかし今日、芳三に死なれたからと云って、頼って行く気にはなれなかった。
夕張の宿 (新字新仮名) / 小山清(著)
霧島の噴煙ももっと晴れれば見えるとのことであったが、今日はそれまでは見えない。更に近間ちかま宇土うど半島と並んで、熊本の金峰きんぶ山が、その上半部を最も濃い桔梗色にぼかしているのが目につく。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
お蔭で素つ破拔きに始まつた大喧嘩も流れて、おびたゞしい彌次馬は、蜘蛛くもの子を散らすやうに、近間ちかまの店先に飛込んで了ひました。
廂合ひあわいつらなるばかり、近間ちかまに一ツもあかりが見えぬ、陽気な座敷に、その窓ばかりが、はじめから妙に陰気で、電燈でんきの光も、いくらかずつそこへ吸取られそうな気勢けはいがしていた。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
芝居の裏通りや附近には、有名な役者たちが住み、音曲おんぎょくの方の人たちも、その一角のなかかその近間ちかまにいた。櫓下芸妓やぐらしたげいしゃもあるといったふうで、四囲の雰囲気は、すべてが歌舞伎国領土であった。
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
永代えいたいへ行ったか両国へ行ったか、それとも向島むこうじまへ遠っ走りをしたか見当がつかねえ、——ともかく、近間ちかまの両国へ駆け付けて、幸い間に合ったからいいようなものの
おお沢山な赤蜻蛉あかとんぼじゃ、このちらちらむらむらと飛散とびちる処へ薄日うすびすのが、……あれから見ると、近間ちかまではあるが、もみじに雨の降るように、こううっすりと光ってな、夕日に時雨しぐれが来た風情ふぜいじゃ。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
夕貌ゆうがおの宿の仮寝の夜の、あの、源氏の君の頭もとに来て鳴いている蟋蟀こおろぎのことから、源氏ほどの人を、あの市井の中に連れて来て、しずの生活の物音を近間ちかまにきかせた手腕に驚いて、そういう意味で
八軒町の川越屋を見捨てて、柳原の知合という家に落着いたお崎のお染は、近間ちかまに居るのを幸い、毎日平次を訪ねて、百松にかかる疑いを解くようにと頼み込むのでした。
近間ちかまにいる月見船が二三隻、この騒ぎに寄って来ましたが、無事に救い上げられた様子を見ると、この頃の町人は「事勿ことなかれ主義」に徹底して、別段口をきく者もありません。