身体中からだじゅう)” の例文
旧字:身體中
夫人の温いかおるような呼吸が、信一郎のほてった頬を、柔かにでるごとに、信一郎は身体中からだじゅうが、とろけてしまいそうな魅力を感じた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
あくる日が覚めてみると、身体中からだじゅう痛くてたまらない。久しく喧嘩けんかをしつけなかったから、こんなに答えるんだろう。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「あ、」と云つたが其の声咽喉のんどに沈み、しやにむに起き上らうとする途端に、トンと音が、身体中からだじゅうに響き渡つて、胸にとまつた別にの一ぴき大蠅おおばえが有つた。
蠅を憎む記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
新し過ぎてもならず古過ぎてもならず、ちょうど身体中からだじゅうのエキス分が肉中に分解されて肉に味が充満する時を食べ頃としますがその種類によって少しずつ違います。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
身体中からだじゅうにはむく毛が渦を巻いてい、長い尾の先はよれよれになって赤茶け、足には草鞋をはき、首を前方につき出し、光りの失せた眼を地面に落し、口からは泡を垂れながら
愚かな一日 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
肥りじしの女が、よく汗ばんだ襟首を押しはだける癖があるように、大根は身体中からだじゅうの肉がはちきれるほど肥えて来ると、息苦しそうに土のなかに爪立をして、むっちりした肩のあたりを一
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
彼の世にもまれなる悪計は、そうして、彼が身体中からだじゅうからじりじりとにじみ出す冷汗を感じながら、その夜一夜、横にもならず坐り続けている内に、始めはまるでお伽噺か夢の様な考えであったのが
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
恐ろしい予感が刻々迫って来て、こういう悲惨を聞く日があるのを予期しない事はなかったが、その日の朝刊の第一面の大活字を見た時は何ともいい知れないおののきが身体中からだじゅうを走るような心地ここちがした。
最後の大杉 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
骨の中までみて来る心持はなさいませぬか、(戦慄)何かの水が身体中からだじゅうを流れる——(胸を掴み苦悶しつつ)だんだん乳が、うみをもったはれもののように動悸どうきして、こんなに重くなって来ました
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
と云いながら、真ッ赤になるほど、身体中からだじゅういてる男もある。
(新字新仮名) / 徳永直(著)
彼は、身体中からだじゅうに残った精力をあつめながら、やっと切々に云った。つい一時間前の告白を疑った瑠璃子にも、男子のこうした瀕死ひんしの言葉は疑えなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
自分はこの時始めて、普通の人間に帰った。そうして身体中からだじゅう至る所がちくちくしているのを発見した。そこでそっと襯衣シャツの間から手を入れて、背中をでて見ると、一面にざらざらする。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
のみと蚊で……私もかゆい。身体中からだじゅう、くわッといきって、たまらない、と蚊帳を飛出とびだして、電燈の行ったお隣へ両腕をまくって、むずむず掻きながら、うっかり入ると、したたかなものを見ました。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
父は、のたうつように、椅子いすの中で、身をもだえた。れを聞いている瑠璃子も、身体中からだじゅうが、猛火の中に入ったように、はげしい憤怒ふんぬのために燃え狂うのを感じた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
いくさは人を殺すかさなくば人を老いしむるものである。将軍はすこぶるせていた。これも苦労のためかも知れん。して見ると将軍の身体中からだじゅうで出征ぜんと変らぬのは身のたけくらいなものであろう。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
何、何、愚僧が三度息を吹掛ふきかけ、あの身体中からだじゅうまじなうた。屑買くずかい明日あすが日、奉行の鼻毛を抜かうとも、くさめをするばかりで、一向いっこうに目は附けん。其処そこいささかも懸念はない。が、正直な気のいゝ屑屋だ。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
と言うて起された、が、身体中からだじゅうきずだらけで、夜露にずぶぬれであります。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)