踪跡そうせき)” の例文
然るに今は「死せる秘密」のためにおそれいだいて、もし客を謝したら、緑翹の踪跡そうせきを尋ねるものが、観内に目をけはすまいかと思った。
魚玄機 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
権七はかの事件以来、どこかに踪跡そうせきくらましていたのであるが、どうしてここへ来てこんな最期を遂げたのか、だれにも想像がつかなかった。
(新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
かくて味方とも散々ちりぢりにわかれて後、義経の足跡そくせきは、四天王寺までは見た者もあるが、そこを立退たちのいた先は、まったく踪跡そうせきくらましてしまった。
日本名婦伝:静御前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こゝに至りて難波の理想と江戸の理想と、其文学上に現はれたるところを以て断ずれば、各自特種の気禀を備へて、容易に踪跡そうせきし得べきあとを印せり。
徳川氏時代の平民的理想 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
マリユスは種々の人に頼んだが、だれもテナルディエの行方ゆくえをさがしあてることはできなかった。その踪跡そうせきはまったくわからなくなってるらしかった。
……しかし、犯人が、それからどこへドウ踪跡そうせきくらましたかという事は、まだ的確に解っていないらしいのです。
一足お先に (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そこで友人は自ら脅迫団を名乗って、巧みに筆蹟を隠して、彼の父に彼の身代金を請求して、踪跡そうせきくらました。
急行十三時間 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
この旅亭は日本人の定宿のようになっているので、ここに居据っていれば、新入の日本人から、助左衛門の踪跡そうせきを聞きだす便宜があると思ったからである。
呂宋の壺 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
先祖代々いかなる領主にも屈せず、その踪跡そうせきを知られることもなく、原始林と人跡の絶えた峡谷の奥を転々し、なにものにも束縛されない自由な年月をすごして来た。
おばな沢 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
三司郡県将校さんしぐんけんしょうこう、皆あだを失うを以てちゅうせられぬ。賽児は如何いかがしけん其後踪跡そうせきようとして知るべからず。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
角谷の踪跡そうせき此処ここではたと絶えた。其れから一週間彼は何処どこ如何どう迷うて歩いたか、一切分からぬ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
警察でもほうぼうを捜索してくれましたが、彼が往復の踪跡そうせきを発見することが出来ませんでした。
少なくともその四個の生命が、この火事を機会として、踪跡そうせきをくらましてしまいました。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
次いで、前に云ったムウニッヒを過ぎて、再び英吉利イギリスに入り、ケムブリッジやオックスフォドの教授たちの質疑に答えた後、丁抹デンマアクから瑞典スウエデンへ行って、ついに踪跡そうせきがわからなくなってしまった。
さまよえる猶太人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
南太平洋水域に踪跡そうせきくらませた海の狼を想い出していただく必要がある。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
お初踪跡そうせきの捜索に出してやったものの、夜になっても、消息が知れぬので、何よりも、雪之丞に頼み甲斐のなかったのを、今更わびても始まらぬが、善後策を相談し、身辺の警戒を忠告するためと
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
搜索の爲めに出し遣られし二艘の舟は、一はこなたより漕ぎ往き、一はかなたより漕ぎ戻りて、末遂に一つところに落ち合ふやうにおきてられしに、その舟皆歸り來て、舟も人もその踪跡そうせきを見ずといふ。
踪跡そうせきらしいものにもあわない、一つの煙、一発の銃声もきかない
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
もし約束の冬まで来訪がない時は、臆病風にふかれて踪跡そうせきをくらましたものと見なし、貴公の卑劣を天下に笑ってやることにするから、そのつもりでおられたい。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼の救い主であるその男については、何にもわからず、何らの踪跡そうせきもなく、少しの手掛かりもなかった。
この……なる言語は伝わっておらぬが、彼女はそのまま邸を脱走し、踪跡そうせきをくらましたのである。
長屋天一坊 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
高崎では踪跡そうせきが知れぬので、前橋へ出た。ここには榎町えのきまち政淳寺せいじゅんじに山本家の先祖の墓がある。九郎右衛門等はそれに参って成功を祈った。そこから藤岡に出て、五六日いた。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それほど左様に神変自在な手段をもって、その事件の犯人たる怪魔人は、踪跡そうせきくらましているので御座います。……こう申しましたならば、もはやお解かりで御座いましょう。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
建文帝かくの如くにして山青く雲白きところに無事の余生を送り、僊人せんにん隠士いんし踪跡そうせき沓渺ようびょうとして知る可からざるが如くに身を終る可く見えしが、天意不測にして、魚は深淵しんえんひそめども案に上るの日あり
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
しかもそれより旬日、この阿修羅のごとき海の通り魔は突如として、その踪跡そうせきくらませてしまったのであった。無気味なる活動をピタリと停止してようとして、その消息を絶ってしまったのであった。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
玄々不識のうちにわれは「我」を失ふなり。而して我もすべての物も一に帰し、広大なる一が凡てを占領す。無差別となり、虚無となり、糢糊もことして踪跡そうせきすべからざる者となるなり。澹乎たんこたり、廖廓れうくわくたり。
松島に於て芭蕉翁を読む (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
千浪は竹枝ちくしと仮に名づけて、行く行く玄蕃の踪跡そうせきを尋ねながら、中仙道を大廻りして江戸に入る心算つもりで、木曾路から信州路へ入り、ようやく碓氷峠うすいとうげにまで辿たどりついて来た。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
中には博文館はくぶんかんの発行した書籍に、この名の著者があったという人が二、三あった。しかし広島に踪跡そうせきがなかったので、わたくしはこの報道を疑って追跡を中絶していたのである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
彼があれほどさがしていた二つの踪跡そうせきのうちの一つ、最近更に多くの努力をしたがついにわからずもう永久に見いだせないと思っていた踪跡そうせきは、向こうから彼の方へやってきたのである。
曾て富士川游さんが往弔わうてうしたのに、寺が廃せられて、他の池田氏の諸墓と共に踪跡そうせきを失した事、諸墓の中池田宗家に係る錦橋以下数人の墓石は、其末裔鑑三郎さんに由つて処分せられ
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)