かづ)” の例文
ゆふつかた娘の風の心地に、いと寒しと云へば、たかどのへ往きてふすまかづきて寝よと云ひしかど、一人往かむはさうざうし、誰にまれ共に往きてよと云ふ。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
代官坂の下から、黒衣をかづいた天主教の尼さんが、ゆつくり上つて來る。近附いた時に見ると、眼鏡をかけた・鼻の無闇に大きな・醜い女だつた。
かめれおん日記 (旧字旧仮名) / 中島敦(著)
澄み切つた鋼鉄色かうてついろの天蓋をかづいて、寂然じやくねんと静まりかへつた夜の盛岡の街を、唯一人犬の如く彷徨うろつく楽みは、其昔、自分の夜毎に繰返すところであつた。
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
女生れていまだ首帕かしらぎぬかづかず、この者わがまちを、人いかに誹るとも、汝の心にかなはせむ 四三—四五
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
そんな時には屹度きつと丸髷まるまげ金縁眼鏡きんぶちめがねをかけて、すぽりと面帕ヴエールかづいて、足にはくつ穿いてゐる。
永冷ひようれい歯に徹し、骨に徹し、褞袍どてら二枚に夜具をまで借着したる我をして、あごを以て歯を打たしむ、つひに走つて室に入り、夜具引きかづきて、夜もすがら物のに遇ひたる如くにおのゝきぬ。
霧の不二、月の不二 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
越後境に當つた大きな山脈は一齋に銀色に輝く雪をかづいてゐた。
さて鳩らそを我がぬかかづけるとみるや
夜著よぎかづけば、可笑をかしくも
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
うす絹かづく眉にせむ
花守 (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
此処ここ北海の浦々でさへ、日は暖かに、風も柔らいで、降る雨は春の雨、濡れて喜ぶ燕の歌は聞えずとも、梅桃桜ひと時に、花をかづかぬ枝もなく、家に居る人も、晴衣して花のもとゆく子も
漂泊 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
楊の木は片足踏み出したと思ふと、外套をかづいた儘こそ/\逃げ出してつた。
白雲の衾かづきて
花守 (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
重い柄杓ひしやくに水を溢れさせて、口移しに飲まうとすると、サラリと髪が落つる。髪をかづいた顔が水に映つた。先刻さつきから断間しきりなしにほてつてるのに、周辺あたりの青葉の故か、顔がいつもよりも青く見える。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)