行々子よしきり)” の例文
かつをも裏長屋まで行渡つて、時鳥ほとゝぎすも珍らしくはなく、兩國橋を渡つて、大川の上手へ出ると、閑古鳥かんこどり行々子よしきりも鳴いてゐた時代です。
その中からけたたましく行々子よしきりの聲が騷ぎ立てる。何ものかの警告を與へるやうに、今まで默つてゐたものが不意に目を醒ましたやうに。
霧の旅 (旧字旧仮名) / 吉江喬松(著)
三人は、やかましく行々子よしきりの鳴いている蘆間あしまをくぐって、砂洲に出た。そして、しばらく蜆を拾ったり、穴を掘ったりして遊んだ。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
行々子よしきりに似た啼声で、それより遥に寂びのある山の鳥の声である。一里ほど登ったところで、私は路を右にとった。
みなかみ紀行 (新字新仮名) / 若山牧水(著)
行々子よしきり土用どようえつたてえに、ぴつたりしつちやつたな」と呶鳴どなつたものがあつた。やうやしづまつた群集ぐんしふ少時しばしどよめいた。しかすぐしづまつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
津の宮の鳥居の下から、舟をやとうた田山白雲は、鯉のあらい、白魚の酢味噌を前に並べて、行々子よしきりの騒ぐのを聞き流し、水郷の中に独酌を試みている。
大菩薩峠:28 Oceanの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
行々子よしきりの啼き声がハタとやんだのをみると、その前方には高麗川のわかれが、道をさえぎっていたのだろう。弓の弦音つるおとだけがビンビンと澄んだ大気に鳴り出していた。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
行々子よしきりは最初から、人の来ぬような不毛の地に拠って、孤立の平和を保とうとする様子が見える。
夏の白雲がわく時、葦の間の行々子よしきりが鳴く時わたしの故郷の父の墓を思ふ。母の墓を懐ふ。
八月の星座 (新字旧仮名) / 吉田絃二郎(著)
夕暮、眠いもやがその上をこめると、沼地で、シュワア、シュワア、シュワア、シュワア、馬の毛の弓で胡弓をこするような、小動物の合奏が起った。ツチョツチョツ、チュル……行々子よしきりさえずる。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
するうちに湧きたつやうな行々子よしきりの囀りと共に白々夜があけた。
老苦 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
行々子よしきりが遠くで、近くで、かたみ代りに鳴いている。
一本刀土俵入 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
行々子よしきりア騒ぐ
おさんだいしよさま (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
よし行々子よしきり
犬の生活 (新字新仮名) / 小山清(著)
行々子よしきりが高く啼いていた。権十の大漁着を借りて磋磯之介は、とまの蔭に丸ッこくうずくまっていた。
旗岡巡査 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
明日漕ぐと樂しみて見る沼の面の闇のふかみに行々子よしきりの啼く
どこか、東の山のは、はや明けかけているのだろう。川ノ辻あたりの水面だけが、ぽかっと白い。行々子よしきりのヒナやら雲雀ひばりやら、ほの暗い芦のうちでは、もうチチチチが聞かれ出す……
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とすじの流れは川の姿をなして、淀川よどがわそそぎこんでいるが、附近はよしあしにおおわれた一帯の沼地である。そして常ならば行々子よしきりの声がやかましく聞えるのだが、きょうは一鳥の声すらない。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
難波なにわの葭に、行々子よしきりが高い。花はちり、行く春のちまたに、ほこりが舞って、長い長い甲冑の武者や馬の出陣列に、花つむじが幾つもの小さいつむじを捲き、それが自然の餞別はなむけのように見えた。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
将門は、芦間あしまの岩に腰を下ろした。さすがに、豊田のたちから、馳せ通し、また、歩きとおしたので、少し疲れたものとみえる。渺茫びょうぼうたる大江たいこうの水を前に、しばし、行々子よしきりの啼く音につつまれていた。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)