落著おちつ)” の例文
今度は落著おちついて、畳の上にすわりこんで、毎日使っている花梨かりんの机の上に立ててみると、三、四分でちゃんと立たせることが出来た。
立春の卵 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
なく答えはいたしまするものゝ、その慌てゝ居ります様子は直ぐ知れます、そわ/\と致してちっとも落著おちついては居ません。
袴野はこういうすてが気負って言っているのだと思ったが、落著おちつきはらったすてに、こういう無関心な冷たさがあろうとは思えなかった。
贅沢の限りを尽くした人の最後の落著おちつき場所である。それが貴い悟りであるかも知れぬ、また止むを得ぬあきらめであるかも知れぬ。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
パリスカスは見慣れぬ周囲の風物を特別不思議そうな眼付めつきながめては、何か落著おちつかぬ不安げな表情で考えんでいる。
木乃伊 (新字新仮名) / 中島敦(著)
その赤がまた非常に落著おちついた色合なのです。しかもその赤の間を、太々と豊かに白の漆喰しっくいを盛り上げるのです。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
奥のかた霊前では、既に立ち去ろうとした北鳴四郎が、ばつの悪そうな、というよりもむしろ恐怖に近い面持をして、落著おちつかぬまなこを四囲にギロギロ移していた。
(新字新仮名) / 海野十三(著)
やがて仄暗ほのぐらい夜の色が、縹渺ひょうびょうとした水のうえにはいひろがって来た。そしてそこを離れる頃には、気分の落著おちついて来たお島は、腰の方にまたはげしい疼痛とうつうを感じた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼は気を落著おちつけようとして眼を閉じ、雑念を拒止きょしして心を落著けて腰を下した。彼は一つのひらたい丸い黒い花が、黄橙おうとうしんをなして浮き出し左眼さがん左角ひだりかどから漂うて右に到って消え失せた。
幸福な家庭 (新字新仮名) / 魯迅(著)
そしてあれならば大名などが静謐せいひつな部屋に置いて落著おちついて鑑賞することも出来るし、光琳くわうりん抱一はういつの二家が臨摸りんぼして後の世まで伝はつてゐるのもさういふわけあひで、肉体的に恐ろしくないからである。
雷談義 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
もう実は仰しゃる通り沈著者おちつきもので、種々いろ/\に分別して、人という者は事を落著おちつけ心を静めて見れば、んな事でも死なずに済むものだと申して
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
袴野は自分の猛るよりも、すての猛りがさかんで手向い出来ない高飛車なものであること、懸命なそのくそ落著おちつきにこの女、人がちがって来たと思った。
ふん、まだ三十になりもしないのに、その取澄ました落著おちつき方はどうだ。今から何もムッシュウ・ベルジュレやジェロオム・コワニァル師を気取るにも当るまいではないか。
狼疾記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
ヘッケルの進化論というのは、まさしく私たちが小学校で聞かされた話を、少し鹿爪しかつめらしくしたようなものであった。そしてその最後のところは、物質と勢力との一元論に落著おちつくというのであった。
簪を挿した蛇 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
彼はそう思うと心が顛倒てんとうして二つの眼が暗くなり、耳朶の中がガーンとした。気絶をしたようでもあったが、しかし全く気を失ったわけではない。ある時は慌てたが、ある時はまたかえって落著おちついた。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
もう六十有余にもなる質朴の田舎おやじでげすから、まさか悪気わるぎのあるものとも思われぬので、お若さんも少しは心が落著おちつき、明白あからさまに駈落のことこそ申しませぬが
どうかを医者が親戚たちに計った時、伯父の平生の気質から推して、本当のことをはっきり言ってしまった方がかえって落著おちついた綺麗な往生が遂げられるだろうと、一同が答えたのであるという。
斗南先生 (新字新仮名) / 中島敦(著)
早く坊さんが来て帰ってくれないと伊之さんに済まないとそればかりに気を取られ、始めのうちは家の様子に気もつきませんでしたが、気を落著おちつけて考えて見ますれば不審でげす。
上級生との間に今云ったような経緯いきさつが前からあったので、それで彼も、その時、素直にあやまれなかったのであろう。其の夕方、天幕が張られてからも、彼はなお不安な落著おちつかない面持をしていた。
虎狩 (新字新仮名) / 中島敦(著)
森「そうして気の落著おちついた時分、どうせ仕舞しめえ内済ないせいだから人を頼んで訳を付けやしょう」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
と有合わした小遣を遣り、子供を抱いたりおぶったり致して、番頭立合で往って見ると、なさけなき死様しにようだ、常に落著おちつきまして中々切腹する様な人では無いが、何う云う訳か頓と分らない。
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
森「癇癪かんしゃくを起しちゃアいけませんよ、彼奴あいつが抜いたらホカと逃げてお仕舞いなせえ、なんでも逃げるが勝だ、うしてむこうの気が落著おちついた処で人をもって話をすりゃア、とゞの詰りは金だ/\」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
落著おちついてこれから歩き出すという身の上にゃアかないてえんで
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
梅「呆れてしまう、腹が立つなればね、宿屋へ泊って落著おちついてお云いな、何もこんな夜道の峠へかゝって、人も居ない処へ来て打擲ぶちたゝきするはあんまりじゃアないか、此処こゝで別れるとお云いのはお前見捨てる了簡かえ」
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)