艶冶えんや)” の例文
旧字:艷冶
我当局の忌違きゐに触れん事疑なきの文字少からず。出版当時有名なる訴訟そしよう事件を惹起じやくきしたるも、また是等艶冶えんやひつるゐする所多かりし由。
姉のしがらみは返辞をしない。でへやの中は静かであった。柵は三十を過ごしていた。とはいえ艶冶えんやたる風貌ふうぼうは二十四、五にしか見えなかった。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
紫巾しきん振袖ふりそで艶冶えんやの色子すがたは、黒ずくめの覆面と小袖の膝行袴たっつけにくるまれ、足さえわらじばきの軽々しい身ごしらえです。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自分はこれよつ艶冶えんやてらある階級の巴里パリイ婦人を観察する事が出来ました。しかれ等の仮装の天使が真の仏蘭西フランス婦人の代表者で無い事は勿論である。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
しかもどっかに才気の閃きを見せて艶冶えんやである、こんな少女を、一体どこで見つけて来たのだろうと、前川は感嘆しながら、心の底まで楽しくなっていた。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
友田喜造は、お京の艶冶えんやさを、うっとりとした眼つきで眺めていたが、盃をおくと、そっと、仲居を呼んだ。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
それは丸味を帯びた広いひたい白毫びゃくごうの光に反映せられ、かえつて艶冶えんやを増す為めか、或ひはそれ等の部分部分にことさら丹念に女人の情を潜ませてあるのか、かく
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
貞奴のあの魅惑のある艶冶えんや微笑ほほえみとあの嫋々じょうじょうたる悩ましさと、あの楚々そそたる可憐かれんな風姿とは、いまのところ他の女優の、誰れ一人が及びもつかない魅力チャームと風趣とをもっている。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
この小都を震駭しんがいさせた大火災のあとですから、人心は極度に緊縮されてはいるけれど、土地そのものが本来、そういった艶冶えんやの気分をそなえているものであれば、きずなを解かれて
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
家来共や腰元共の居る席では自分の容貌に退け目を感じて自然不機嫌になったけれども、蘭燈らんとうの影ほのぐらい密室に這入り、夫人のいつに変らない艶冶えんや媚笑びしょうを眼の前にすれば
柳家三亀松の「芸」への好悪は別として、冬夜、男のオーバーの中へしっかりと抱き寄せられた美しい色白長身の芸者の婀娜姿だけは、たしかに艶冶えんやな彼の「舌」から蘇ってくる。
艶色落語講談鑑賞 (新字新仮名) / 正岡容(著)
その上に巴里女パリジェンヌ艶冶えんや韵致いんちを加えたと言ったら、恐らくロンの全貌を想像することが出来よう。その演奏は必ずしも綺麗ではなく、また女らしいセンチメンタリズムなどは微塵もない。
内職などは厳重に禁じられているし、ものがものだけに極秘でやらなければならないが、手間賃の割がいいのと、自分も艶冶えんやな気分が味わえる点とで、ちょっと一挙両得的な仕事だったのである。
七日七夜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
清麗ではあるが艶冶えんやではなく、若いに似合わず着けている物に、赤色などのきわめて乏しい、年を経たならば烈女ともなろうか、真面目そうな娘を連れていた。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
いかにも艶冶えんやな桃色の中へ心までとろけいったさまで、新助の半畳はんじょうなどには耳を貸している風もない。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
徳川三百年、豊麗な、腰の丸み柔らかな、艶冶えんやな美女から、いつしか苦味をふくんだ凄艶せいえんな美女に転化している。和歌よりは俳句をよろこび、川柳せんりゅうになり、富本とみもとから新内節しんないぶしになった。
明治大正美人追憶 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
目をつぶって聴いていると、阪地の人特有な、艶冶えんやこびがふくまれている。
豊竹呂昇 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
乱れた若衆髷、着崩れた男装、それが美貌と映り栄えて、歌舞伎の色若衆さながらの、艶冶えんやたる姿態すがた形成かたちづくっている。それが縛られているのであった。柱にくくりつけられているのであった。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)