縫目ぬいめ)” の例文
母は縫目ぬいめをくけながら子を見てそういった。子は黙って眼を大きく開けると再び鉄壜のふた取手とってを指で廻し始めた。母はまたいった。
(新字新仮名) / 横光利一(著)
何品でしたか、鼠色ねずみいろで一面に草花の模様でした。袖口そでぐちだけ残して、桃色の太白たいはく二本で、広く狭く縫目ぬいめを外にしてありました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
銀座の山崎なぞは暴利を貪るのみにて、縫目ぬいめあるいはボタンのつけ方健固けんごならず。これ糸を惜しむ故にして、日本人の商人ほど信用を置きがたきはなし。
洋服論 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
もっとえらいのになると、二十年もしてから阿呆あほうになってひょっこりと出てきた。もとの着物を着たままで、縫目ぬいめはじけてほころびていたなどと言い伝えた。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
紀昌は再び家にもどり、肌着はだぎ縫目ぬいめからしらみを一匹探し出して、これをおのかみの毛をもってつないだ。そうして、それを南向きの窓にけ、終日にららすことにした。
名人伝 (新字新仮名) / 中島敦(著)
胸を正すと、強右衛門は汚い着物の下襟したえりを、ぐっと帯から上へ引きあげて、その縫目ぬいめみついた。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
暗夜あんやごと山懐やまふところを、さくらはなるばかり、しろあめそゝぐ。あひだをくわつとかゞやく、電光いなびかり縫目ぬいめからそらやぶつて突出つきだした、坊主ばうずつら物凄ものすさましいものである……
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
彼の頭部にある手術のあとのみにくい縫目ぬいめが、警部をふるえあがらせた。
超人間X号 (新字新仮名) / 海野十三(著)
一針の縫目ぬいめも見せず、相変らずそれは晩春の闇の夜町の遠見になります。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)