かん)” の例文
しかし、こう話を向けられても、人々は苦々にがにがと口をかんしたきりだった。——とはいえ、それほどな張清でも、そらける鬼神ではない。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼はその後で訊問を受けた時「有罪だ」とただ一言叫んだきり、また口をかんして語らなかったという事は不思議ながらも確かな事実である。
さまざまに訴えられるけれども、イエスは口をかんして一語をも発し給わず、人々のやっきになって言い出でる証言は、どれも皆一致しない。
手法の自由さと意図の奔放ほんぽうさに、褒貶ほうへん相半あいなかばしたが、その後相次あいついで含蓄の深い大曲を発表し、独特の魅力で反対者の口をかんしてしまった。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
彼らは相互に警戒して口をかんし、吹聴ふいちょう本能の禁欲につとめた。実に彼らこそ訓練の行届いた模範的な百貨店員と云うべきだ!
……で、今も、思わず歓呼の声を挙げかかったのであったが、咄嗟とっさの間にそれに気づいて、かろうじて口をかんしたわけである。
吊籠と月光と (新字新仮名) / 牧野信一(著)
およびその御良人ごりょうじんの存生中は善悪ともに他人のとかくをいうべきはずもないことと、実は口をかんしておったわけであります。
彼とベッドを並べて寝る深谷は、その問題についてはいつも口をかんしていた。彼にはまるで興味がないように見えた。
死屍を食う男 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
家へ帰ったのちも、このことについては伝二郎は口をかんして語らなかった。ただ礼をしたいこころで一杯だった。
口をかんして意見をらさぬ者が、結局陵に対して最大の好意をつものだったが、それも数えるほどしかいない。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
(四)星尾が脱脂綿を落したことを園部が刑事に教えたのは、他のことについては口をかんして語らない彼としては、不審な行動と思われないこともないこと。
麻雀殺人事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
しかし名聞をおもんぱかってか、これらの富裕家庭は厳重に口をかんしてその事実を否定し、逸早く処分したものか問題の動物は、ついに一匹たりとも発見せられなかったので
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
惜しげもなく巨額の富をけ与えることによって、訳もなく彼等の口をかんすることが出来たのです。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しかして右に就いては若林学部長その他関係者一同口をかんして一語をも洩らさず、前記の大惨事と共に極力秘密裡に葬り去ろうとした模様であるが、本社の機敏なる調査に依って
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
僕はなほその席で、これまで口をかんして赤彦君の病気を通知しなかつたわけをも話した。
島木赤彦臨終記 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
鍵屋の方では口をかんして語らないし、成行は他の者には少しも判らなかつた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
さもさも心外でたまらないような面持をたたえて、龐徳は凝然ぎょうぜんと口をかんしていた。それをなだめるため、曹操はまた云い足した。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かたく口をかんしておられた(ヨハネ一八の三四—三八には、このほか若干のお答えが記されている)。
しかし私は、一切、口をかんして、語るのをさけた。ニーナは、ついに腹を立てて、寝てしまった。
人造人間の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
だが、それ以上は、私がどんなに尋ねても、彼は口をかんして語らぬのであった。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
僕たちは、その旗に関しては七郎丸が大酔をした時に、たった一遍話材にした以外には、不断はいい合せたかのようにそれについては口をかんして僕も、見て見ぬふりをして来たものである。
吊籠と月光と (新字新仮名) / 牧野信一(著)
警察当局は何故なにゆえか口をかんして一言も洩らさず、且、捜索の手配をした模様もないのは返す返すも奇怪千万の事と言うべきであるが、人も知る如く、同女の父、殿宮愛四郎氏は本県の視学官にして
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それがし一名が多くをいえば、それだけ他の口をかんし、他の真情を圧しることになろう。——だからこれからは、いわねばならぬ時しかいうまいと思っている。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
死因に疑いを挟んだ医学者も居たのでしょうが、その場のことですから口をかんして語らなかったのでしょう。こんな風にして、兄はとうとう赤耀館の悪魔の手に懸ってしまったのです。
赤耀館事件の真相 (新字新仮名) / 海野十三(著)
馬場美濃守みののかみの白髪はふるえていた。ほかの老将たちも、口をかんしてこそいたが、おもてには朱をそそいでいる。そして厳しいまなざしを、一斉に大炊介のほうへ向けた。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
初めて彼は、ここに至って、吉宗がいつか自分の目的を知り、その目的の線を越して、鼻をあかせてみせるのかと気づいたらしく、口をかんして、彼の横顔をちらとめました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もしそれに釣られて、内へはいった直義方の将士が武者声に応じたら即座に合戦の火ぶたは切られていただろう。が、諸門をかたくしたまま、邸内の兵はまったく口をかんしていた。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
牟礼主水正むれもんどのしょう庵原将監いはらしょうげん斎藤掃部助さいとうかもんのすけなども、ひとしく口をかんしていた。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
関羽は、沈勇そのものの眉に口をかんし、らんたる眼を向けていたが
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、あとは口をかんして、何もいわなかった。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)