おさ)” の例文
仕事はさかんで、島をおとのうとおさの音をほとんど戸ごとに聞くでありましょう。特色ある織物としてこの島にとっては大切な仕事であります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
はたを織るおさの音が、この乱世に太平の響きをさせる。知らず知らず綾小路あやこうじを廻って見れば、田圃の中には島原のもやを赤く焼いている。
カラカラと明け方の街道をとおる野菜車やさいぐるま、どこか裏の方で、もう仕事をはじめたらしい機屋はたやおさのひびき、物売りの呼び声、井戸つるべの音。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
先年柳田國男君は、川村杳樹の名を以てその巫女考を郷土研究の誌上に連載せられ、その第十一「おさを持てる女」(一巻十一号大正三年一月)の題下に
雪をあざむく白い顔は前を見詰みつめたまま、すずしい眼さえも黒く動かさない、ただ、おさばかりが紺飛白こんがすり木綿の上をように、シュッシュッと巧みに飛交とびこうている。
菜の花物語 (新字新仮名) / 児玉花外(著)
おさを流れるように、手もとにくり寄せられる糸が、動かなくなった。引いてもいても通らぬ。筬の歯が幾枚もこぼれて、糸筋の上にかかって居るのが見える。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
裏庭から母屋もやの方へ引き返して行くと、店座敷のわきの板の間から、はたを織るおさの音が聞こえて来ている。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
あの、母狐が秋の夕ぐれに障子しょうじの中ではたを織っている、とんからり、とんからりと云うおさの音。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
しかし、いまはもうこの里も、この宿屋も、こんなにすっかり荒れてしまっている。夜になったって、おさを打つ音で旅びとの心を慰めてくれるような若い娘などひとりもいまい。
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
ともを擦り、ふなべりを並べる、その数は幾百艘。ほばしらは押並び押重なって遠くから見ると林のよう。出る船、入る船、積荷、荷揚げ。沖仲仕がわたり板を渡っておさのように船と陸とを往来ゆききする。
車が進むに従って、ユラユラ揺れて陽を反射し、宙に浮かんだ王冠である、明るい林、虎斑とらふを置くは、葉漏れ木漏れの朝陽である。そこを縦横に飛ぶ小鳥! おさ飛白かすりを織るようだ。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
おさをしめる腕は、自分のか他人のかわからぬくらいにつかれ果てることもあった。
ネギ一束 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
北埼玉きたさいたま多門寺たもんじに近い方角である。この辺、桑の木ばかりだった。その広い桑園のなかに、いつも、おさの音をのどかにさせている一軒の機屋はたやがある。
篝火の女 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その口をあわただしく動かして、咽喉首のどくびおさのように上下するところを見れば、これは何か言わんとして言えないのでした。訴えんとして訴えられないものでありました。
青山の家の表玄関に近いところではおさの音もしない。弟宗太のためにお粂が織りかけていた帯は仕上げに近かったが、はたの道具だけが板敷きのところに休ませてある。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
此女らの動かして見せるおさの扱い方を、姫はすぐに会得した。機に上って日ねもす、時には終夜よもすがら織って見るけれど、蓮の糸は、すぐにつぶになったり、れたりした。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
時には『古今集』の序を諳誦あんしょうさせたり、『源氏物語』を読ませたりして、おさを持つことや庖丁ほうちょうを持つことを教えるお民とは別の意味で孫娘を導いて来たのもまたおまんだ。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
わけて、常人つねびとの印象となるであろう点は、笛の孔に無心な指の律動をおさのように弾ませていらっしゃるそのお手のなんとも大きなことだった。貴人にして力士のようなお手である。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
崖の下の海の深淵や、大河・谿谷のよどみのあたり、また多くは滝壺の辺などに、おさの音が聞える。水の底に機を織っている女がいる。若い女とも言うし、処によっては婆さんだとも言う。
水の女 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
お粂は一日はたに取りついて、ただただ表情のない器械のようなおさの音を響かせていたが、弟宗太のためにと丹精たんせいした帯地をその夕方までに織り終わった。そこへお民が見に来た。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
沢庵たくあんは、迷子を捜すように、お通の名を呼びながら、境内を歩いていたが、機舎はたやの中には、おさの音もしないし、戸も閉まっているので、何度もその前を通りながら、開けてみなかった。
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しんしんと夜がけて、涙もわすれ、愚痴もわすれ、心に念仏を置いて、一念におさをうごかしていると、その筬の音は、いつか自分のかなしみを慰める音楽のように、一つの諧調を持って
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その機を、そのおさを、今も十年一日のごとく動かしている者は誰だろうか。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おさの前へ、腰かけて
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)