空濠からぼり)” の例文
そして、助任川すけとうがわからくる水をめてある空濠からぼりの底へ、何千貫の大石がるいるいとして無数に転落しているのであった。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ずっと昔、そこになにがし氏の城砦じょうさいがあったといわれ、現在でも頂上に五段歩ほどの平地と、空濠からぼりの跡や、石畳に使ったらしい石などが残っていた。
月の松山 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
空濠からぼりふではない、が、天守てんしゆむかつた大手おほてあとの、左右さいうつらなる石垣いしがきこそまだたかいが、きしあさく、段々だん/\うもれて、土堤どてけてみちつゝむまであしもりをなして生茂おひしげる。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
其の北には祭事を扱ふ御供所ごくしよがあり、其の東には形ばかりの空濠からぼりに臨んで、ひさい牢屋があつた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
三千人の女子供がひそんでゐたといふ空濠からぼりは、今も尚、当時のまゝ残つてゐる。丁度、原城趾の中央あたり、本丸と二の丸のあひだ、百五十坪ぐらゐの穴で、深さは二丈余。
島原の乱雑記 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
三人は空濠からぼりを横に通り越してなお高く上った。とうとう四方にあるものは山の頭ばかりになった。そうしてそれが一つ残らず昔の砲台であった。中尉はそれらの名前をことごとくそらんじていた。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
道は雪にうずまって分らなかった。人の影を見ない。木立こだちは雪をて重げである。空濠からぼりも雪に埋っていた。私は、この大きな陰気な空濠を廻って寺の墓地に入った、杉の木からは絶えず雪が崩れて落ちた。
不思議な鳥 (新字新仮名) / 小川未明(著)
下の空濠からぼりへ急落している崖のあたりで、野獣の跳ぶような木の折れる音がした。——それがやむとまた、笛の音は、呂々りょりょと、星の空をながれて遊んでいた。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
家の門を出て、隨神門ずゐじんもんと總門との間の石の鳥居の前を通つて、廣い境内を東門から出ると、左へ曲がつてだら/\坂を、天滿宮の空濠からぼりに沿うて登つた右側に千代松の家はあつた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
空濠からぼり逆茂木さかもぎなどの工はただちに止めさせたがいい。敵は三万にちかい大軍と聞きおよぶ。途上、あんじてまいったが、ここは守るに利のある地形とも見えぬ。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
本能寺の空濠からぼりには、西陽にしびが赤く落ちていた。六月朔日ついたちは、一日じゅう京都もひどく照りついて、かなり深い濠の底まで、ところどころ泥のかわきを見せていた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三十尺もある空濠からぼりだった。空濠といっても、深い闇の底には、雨水が溜っていないとは限らない。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
きょう連れの宗湛そうたんと本能寺へ来る折、空濠からぼりに落ちた子どもを見かけた事実を例にあげた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それでも、なお、後にいたり先へ廻ったり、ぞろぞろ取り巻いて来るうちに、その中のひとりの子が、本能寺のかど空濠からぼりの中へ、ぽしゃんとかわずのような音をさせて落ち込んでしまった。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
漆間うるしま八郎右衛門の両人も、左右から力をあわせ、追いつめ追いつめ、扇形おうぎなり空濠からぼりくぼへ、敵が足ふみ外してころげ落ちたので——討つなと、野添の槍を止めて、引っからげて参ったのでござります。
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
空濠からぼりの底を、彼は歩きだした。何処まで歩いても空濠の中である。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)