穏便おんびん)” の例文
旧字:穩便
彼は庭先にふくらんで来ている牡丹ぼたんつぼみに目をやりながら、この街道に穏便おんびんのお触れの回ったのは正月十日のことであったが
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「それで何もかもわかりました。就いてはあとの始末でござるが、どういうふうに取り計らうのが一番穏便おんびんでござろうかな」
半七捕物帳:11 朝顔屋敷 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
退さがれ退れ、退れと申すに。殿はただいま御病気じゃ、追って穏便おんびん沙汰さたを致すから、今日はこのまま引取れと申すに」
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
できるだけ穏便おんびんに平凡に、自分の思想を実行することにつとめることが肝心なので、これがわれわれ日々の務めである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
甚だ不本意だが、拙者は、まだ捕まるわけには参らぬ用がござる。よって、このまま穏便おんびんに引き取り申す。拙者が立ち去ってから百の数をかぞえたのち、この戸を
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「縛り首は穏便おんびんでございますまい。武士らしく切腹でも申しつけまするならば、格別でございますが。」
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「ところが、それも出来かねるわけがあるのよ——何しろ、この事が、世間にれたら、恐ろしいことになるので、どこまでも、穏便おんびん、穏便——と、いうわけじゃ」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
あゝ、御番ごばんの衆、見苦しい、お目触めざわりに、成ります。……くくるなら、其の刀を。——何事もなさけ卿様だんなさま思召おぼしめし。……乱心ものゆゑ穏便おんびんに、許して、見免みのがしてつてたも。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
万一此の事が将軍家の上聞じょうぶんに達すれば、此の上もない御当家のお恥辱はじになるゆえ、事穏便おんびんが宜しいと理解をいたした、こりゃ最早ように陳じてものがれる道はないから
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
と云う前提にって、穏便おんびんに城を明け渡した後、然るべき策を講じようという平和論者と、又
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「連れて行っても好いですが、あんまり面当つらあてになるから——なるべくなら穏便おんびんにした方が……」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と春子さんが穏便おんびんの処置を悃願こんがんしているところへ、問題の俊一君が洋服姿で縁側から現れた。
嫁取婿取 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
かけられた上は、其の儘では相い済みませぬ。いずれは町奉行大岡越前守様へ申し上ぐる筈のところ、——仏参の御道すがらでもあり、此の度だけは穏便おんびんにとのお思召で御座います
この不しだらな夫人のために泥を塗られても少しも平時の沈着をうしなわないで穏便おんびんに済まし、恩をあだで報ゆるに等しいYの不埒ふらちをさえも寛容して、諄々じゅんじゅんと訓誡した上に帰国の旅費まで恵み
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
こんな姿を誰かに見つかりでもしたら事は穏便おんびんに済まなかったところです。
浴槽 (新字新仮名) / 大坪砂男(著)
「よしよし、万事貴様に任せてやる、貴様からこの者共をよく説諭せつゆしてやるがよい、拙者も今日のところは特別の穏便おんびんを以て聞捨てにしてつかわす」
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
さものうてもこのたびの仕損じに就いて、播磨守一人に罪を負わすは我々も甚だこころようないことじゃで、なんとか穏便おんびんの沙汰をと工夫しておったる折りからじゃ。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
文治は人に頼まれる時は白刃しらはの中へも飛び込んで双方をなだめ、黒白こくびゃくを付けて穏便おんびんはからいを致しまする勇気のある者ですが、母に心配をさせぬため喧嘩のけの字も申しませず
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
その時はすでに鳴り物一切停止のことも触れ出された。前将軍が穏便おんびんの伝えられた時と同じように、この宿場では普請工事のたぐいまで中止して謹慎の意を表することになった。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
待とうというお心で、今までああして、ただ、一つ屋根の下にはりあって、いわば血のなき闘い……ともかく穏便おんびんにお忍びになって来られたものを、いまとなってにわかに——
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
さらし出されることになろうも知れぬという懸念から、どうあっても、彼女をたずね出し、穏便おんびんにすむうちに、大奥へ送りかえさねばならぬと、いみじくも決心している一人であった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「よしわかった。解ったよ。つまりひとと衝突するなと注意してくれるんだろう。ことに君と衝突しちゃ僕の損になるだけだから、なるべく事を穏便おんびんにしろという忠告なんだろう、君の主意は」
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
相手になると、事がめんどうになって、実は双方とも商売のじゃまになるのだ。そこで、会社のほうでは穏便おんびんがいいというので、むろん片手落ちの裁判だけれど、私が因果を含められて、雇を
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と私はそれとなく穏便おんびんの計らいを願って引き退った。
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
文「ハヽア、それじゃア流罪になります時、あの万年橋で、多分そんな事だろうと思って、それとなく叱りましたが、藤原氏何かに付けて穏便おんびんなおあつかい、有難う存じます」
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
のみならず、こっちからそう穏便おんびんに出ると、まだ残っている僕の尻を、あなたに拭って貰いたいなどと、とんでもない難題を持ちかけるかも知れませんが、それにはけっして取り合っちゃいけません。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
朋輩ほうばいと口論の末、果し合い同然のことをやり出し、相手を傷つけて死に至らしめたが、表面は穏便おんびんにつくろっておいてもらったけれど、今後の場合、かりにも刀を抜くような振舞がある時は容赦せぬ
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)