“疎(おろ)” の例文
最初の中(うち)、私はそうした配達手君の敬礼に対して、机の前に座ったまま、必ず目礼を返すことにしていたが、その中(うち)にだんだんと疎(おろ)そかになって来た。
眼を開く (新字新仮名) / 夢野久作(著)
紅葉門下が秋声(しゅうせい)一人を除くの外は皆外国語に疎(おろ)そかであったは師家の厳しい教訓のためであった。
「太鼓(たいこ)が疎(おろ)かぢや踊(をどり)もおろかだ」と口々(くち/″\)に促(うなが)し促(うなが)し交互(たがひ)に唄(うた)の聲(こゑ)を張(は)り揚(あ)げて踊(をど)る。太鼓(たいこ)の手(て)は疲(つか)れゝば更(さら)に人(ひと)が交代(かうたい)して撥(ばち)も折(を)れよと鳴(な)らす。踊子(をどりこ)は皆(みな)一杯(ぱい)に裝飾(さうしよく)した笠(かさ)を戴(いたゞ)いて居(ゐ)る。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
しかるに講和条件は明かにこれを裏切って、現に独逸人その物を極度に敵視し、あらゆる強暴苛酷な条件を以て七重八重は疎(おろ)か、十重二十重(とえはたえ)にその未来の発展を阻害しようとのみ計っています。
非人道的な講和条件 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
そのため九十郎を討ち取ることを、疎(おろ)そかにしたことは事実であった。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
今日迄看病(かんびやう)疎(おろ)そかならねば爭(いか)で天道憐(あはれ)まさらん今こそ斯あれ後々は必ず榮華(えいぐわ)の身とならんと我が叔母女房の噂(うはさ)とは夢にも知らずいたりける此ぞ傳吉が叔母お早が事にして此はお早親子も深(ふか)く隱(かく)しける故傳吉は知らざりし偖(さて)何かなと考(かんが)へしが先に拾ひし鼈甲(べつかふ)の櫛(くし)こそ好けれと取り出し是は我等が山間(やまあひ)にて※らず拾ひし品なる故(ゆゑ)之を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
馬喰町時代の椿岳の画は克明に師法を守って少しも疎(おろ)そかにしなかった。