滝津瀬たきつせ)” の例文
彼はうつろな目を一杯に見開いて、口からは滝津瀬たきつせと真赤な絵の具を吹き出しながら、水の中で何かわめいていた。声のない叫びを叫んでいた。
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
あるひくだけて死ぬべかりしを、恙無つつがなきこそ天のたすけと、彼は数歩の内に宮を追ひしが、流にひたれるいはほわたりて、既に渦巻く滝津瀬たきつせ生憎あやにく! 花は散りかかるを
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
ドウッ——と鳴る滝津瀬たきつせの音を、さかしまに聞いて、居士の手からやみのそこへまッさかさまに投げこまれた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まえぶれとして、いつものごとく、驟雨しゅううがやってきました。それは、ぎん細引ほそびきのようにふとあめそそぎました。やぶれたといからは、滝津瀬たきつせみずちました。
台風の子 (新字新仮名) / 小川未明(著)
まろく拡がり、大洋わたつみうしおを取って、穂先に滝津瀬たきつせ水筋みすじの高くなり川面かわづらからそそむのが、一揉ひともみ揉んで、どうと落ちる……一方口いっぽうぐちのはけみちなれば、橋の下は颯々さっさっと瀬になって
海の使者 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二人の談論たけなわにしてむことを知らないこの場へ、さしもの広長舌のおしゃべり坊主が一枚加わったのでは、その舌端をほとばし滝津瀬たきつせの奔流が、律呂の相場を狂わすに相違あるまいと
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ここはひどい嶮岨けんそである。加うるに滝津瀬たきつせのような雨水と暗闇にすべってはじ、じてはまたすべる。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
滝津瀬たきつせの様に、頭上から降りそそぐ鹽水しおみずの痛みに、目はめしい、狂風の叫び、波濤はとうの怒号に、耳はろうし、寒さに触覚すらも殆ど失って、彼はただ機械人形の様にめくら滅法にオールを動かしていた。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
夕方、麻屋の万兵衛と一緒に登った、覚えのある石段は雨で滝津瀬たきつせになっていた。登りきると、杉林はごうごうと吠えている。下の宿場よりは、遥かに風の当りが強い。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あの馬籠まごめ峠の——女滝めたき男滝おたき滝津瀬たきつせには、まだあの時の、自分の泣き声と、武蔵の怒った声が、どうどうと、淙々そうそうむせび合って、そのまま二人の喰い違った気持を百年も千年も
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
道は滝津瀬たきつせと変じ、空壕からぼりは濁水にあふれ、平井山の本陣の、その登り降りには、泥土に踏みすべるなど、ここいささか快速を加えて来たかに見えた攻城も、ふたたび自然の力にはばまれて
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また突然、山を裂くような雷鳴かみなりだった。一瞬、天地は一色になり、豪雨に白く煙った。雨が去ると、沢の底地や崖には、滝津瀬たきつせとばかり流れる水と、濁流につかっている足もととを見出した。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すでに一万余の隊列は、どうどうと、何物にもはばめられない滝津瀬たきつせの水にも似ていた。加速度に脚は早くなってくる。くも止まらず、はばめるもかれず、遂に、くところまで赴くものとなった。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
越えてゆく山嶮は滝津瀬たきつせにも似ていた。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)