渓谷けいこく)” の例文
旧字:溪谷
小仏こぼとけ渓谷けいこくにおいて、日本左衛門とああいう訣別けつべつをした金吾が、そのごの一念をお粂の行方に傾倒していたのは想像に難くないことです。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自分もせいぜい長生きする覚悟で若い者に負けないように銀座ぎんざアルプスの渓谷けいこくをよじ上ることにしたほうがよいかもしれない。
銀座アルプス (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
帝国ホテルも、山谷さんやあたりのドヤ街の木賃宿も、上野公園のベンチでさえも、お茶の水渓谷けいこく洞窟どうくつでさえも、差別なくかれの住まいとなりえた。
影男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しかるにどこからか黒犬が一匹、一行のさまよっていた渓谷けいこくに現れ、あたかも案内をするように、先へ立って歩き出した。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
木曾きそといえばその渓谷けいこくの都福島ふくしまで、漆器を作り出します。一つは材料に恵まれてここに発達を得たのでありましょう。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
カガヤン渓谷けいこくを南下して苦難に満ちた行軍こうぐんを続け、北の入口からサンホセ盆地に入ろうとした時、リンガエン上陸の米軍の一支隊は疾風しっぷうのような早さでカガヤン渓谷を逆に北上
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
四月二日払暁、ロヴェレット南方より、スガナ渓谷けいこくにいたる、トレンチノ全線の砲兵が、約二千門といわれる砲列の火蓋を切った……。それが伊墺戦線最大の殺戮さつりくなのであった。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
一体木津川の渓谷けいこくに沿うた、そこら辺の汽車からの眺望ちょうぼうはつとに私の好きなところなので、私は、人に話すことは出来ないが、しかし、自分の生きているほとんど唯一の事情のもつれから
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
渓谷けいこくのような深い失望から、たちまち峻岳しゅんがくのように高い喜悦きえつへ、——。
鍵から抜け出した女 (新字新仮名) / 海野十三(著)
渓谷けいこくの少し開けて稲架はざありぬ
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
この渓谷けいこくの水が染物そめものによくてきし、ここの温度おんどかわづくりによいせいだというか、とにかく、おどしだに開闢かいびゃくは、信玄以来しんげんいらいのことである。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
園内の渓谷けいこくに渡したり橋を渡って行くとき向こうから来た浴衣姿ゆかたすがたの青年の片手にさげていたのも、どうもやはり「千曲川ちくまがわのスケッチ」らしい。
あひると猿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
渓谷けいこくにはちがいない。だが、渓谷と呼ぶにはあまりに恐ろしいけしきだった。世界のいかなる渓谷にも、これほど異様にものすごい場所はないにちがいない。
影男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
信長は、森、佐々さっさ、前田などの旗本に、わずか三百の手勢をつれたのみで、道もない山間やまあい渓谷けいこくを伝い、熊川から朽木谷方面へ、夜どおし逃げた。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すると渓谷けいこくへ降りる道があった。そこを沈んで彼方かなたへ登ると、瓦罐寺がかんじの北へ出た。あたりは赤松林である。行けども行けども赤松ばかりと思われた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かいの細道から三、四人、芋虫いもむしのように渓谷けいこくへころげ落ちた。あッ……とあおぐと、天をならの木のてッぺんから、氷雨ひさめ! ピラピラピラ羽白はじろ細矢ほそやがとんでくる。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
飛馬は見るまに渓谷けいこくへ駈けおりて、また彼方の山裾をめぐり、ほどなく目的の古城の下に近づいた。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
唐代このかた、歴朝の帰依きえふかく、その勅額は、あけ楼閣ろうかくにも仰がれる。渓谷けいこくの空には、こけさびた石橋しゃっきょうが望まれ、山また山の重なる奥までも、十三層塔そうとうかすんで見えた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
輪草りんそうの多い下り道を、少し大股になりかけると、けずり落したような絶壁の下から、うねうねと渓谷けいこくに曲っていく道を、先に、話しながらいく男と女がチラと目に止まった。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふもとから野呂川のろがわ渓谷けいこくいったいは、大久保長安おおくぼながやす手勢てぜいがギッシリたてをうえていて、いかに無念むねんとおもっても、つかれきった六人の力で、それがどうなるはずもないのであった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「へい」と飛びだしたが、渓谷けいこくである、樹は多い、どれを伐るのかと見まわしていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「春とは申せ、まだ渓谷けいこくには雪があり、藤の森あたりはすこぶる危険でございます」
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「大乗院なら横川よかわ飯室谷いいむろだにだ。この渓流にそうて、もっと下る、そしてむこう岸へ渡る。こんな方へ来ては来過ぎているのだ」若僧はそう教えられて深い渓谷けいこくの道をかなしそうに振向いた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その時、ふと気がついてみると、深い渓谷けいこくのやみに一道の火光がさしている。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)