びた)” の例文
仕事は嫌いではなさそうですが、ちょっとばかり声が立つもんだから清元きよもとなんかにうつつを抜かして朝から晩まで里春のところに入りびたり。
ちょろりとせしめて出て行ったきり、色町へ入りびたって、七日も十日も帰らなかったことなども、今さらのように言い立てられた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
藤代様のお屋敷の大部屋で毎日賭場が開けるもんですから、長作はその方へばかり入りびたっていて、仕事にはちっとも出ません。
半七捕物帳:27 化け銀杏 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「貴公まで、からかってはいけない。わざと、ここ数日は、入りびたッて見せたが、石焼豆腐のむすめになど、心まで許しているわけじゃない」
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「辰五郎兄いを助けるつもりで働いて下さるのは有難いが、何だか斯う、朝から晩までお常のところへ入りびたつて居ると、姐さんが可哀さうで」
わたくしも「はあ、今に行くわ」と返事をして相変らずぐず/\していますと、池上は結局それを悦んで、殆どわたくしの茶室へ朝夕入りびたりです。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
私はやつとそれを持ち上げて寢臺ベッドとその住居者オキュパントを水びたしにした。そして飛ぶやうに部屋に歸つて、私の水差を持つて來て改めてその寢臺ベッドに洗禮を授けた。
いや、そんなことにならないでも、こいさんがその西宮の家へ毎日入りびたっていることが啓坊の兄さんの方へ聞えただけでも、先方ではわれわれを何と思うだろうか。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
大にドキマギした容子ようすであったが、調子を更えて「宮前みやまえのお広さん処へは如何どう参るのです?」と胡魔化した。宮前のお広さん処は、始終諸君が入りびたる其賭博とばくの巣なのである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
蓮花の世界にびたる心持ちは、どうも仏教的な理想と切り離し難いようである。それはただに仏教の経典に蓮華が説かれ、仏教の美術に蓮華が作られているからのみではない。
巨椋池の蓮 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
それからのち暫くの間、殺生は無論の事、本職の獣医の方もったらかしにして、毎日のようにK市の遊廓にびたったものだそうで、お磯婆さんや、養父ちちの玄洋が泣いていさめても
復讐 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
旦那の骨折りで裁判にもならずにけづり去られて、お勝が戸主、自分が後見といふことになつてからは、旦那が殆んど入りびたりに長火鉢の前へ坐るので、さま/″\に囃し立てる村の評判が
兵隊の宿 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
何か弱味を握っている忠太郎をバラして、水熊に恩を着せ、それをキッカケにびたる寸法と見てとった。色と慾と一度に手入れとは成程、ばくち言葉でいう尻目同けつめどう素盲すめくらとはよくつけた渾名あだなだ。
瞼の母 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
源吉は死んだ戀女房のことも忘れ、通と意氣との見榮も捨てて、たゞもう愚に返つたやうに、日が暮れるのを合圖に、猿屋町に入りびたりました。
それにぶさる気もないが、酒は飯より好きな武松である。それにままも出来るとあっては、ついここへ入りびたりの恰好となったのもむりはない。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
其内親分がある寡家ごけに入りびたりになって、お広さんが其処に泣きわめきの幕を出したり、かかり子の亥之吉が盲唖学校を卒業して一本立になっても母親をかまいつけなかったり
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「他に、下男の猪之松とは?——あれもなか/\の良い男で、近頃は三崎町の茶屋へ入りびたると聽きましたが——」
たまらなくなって水びたしになるのを覚悟で葦の茂みのなかへ隠れこんだ。ふるえながら葦の根を這った。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二人の兄の唖の巳代吉みよきちは最早若者の数に入った。彼は其父方の血をしめして、口こそ利けね怜悧な器用な華美はでな職人風のイナセな若者であった。彼は吾家に入りびたる博徒の親分をにらんだ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
まだ若い平次が、飮むのも遊ぶのも不思議はありませんが、水茶屋の評判娘のところに入りびたつて、他愛もなく日を送つて居るのは、全く何うかして居るとしか見えません。
「分るものか、みもちのよくないあの男のことだ。また権堂ごんどうにでもびたっておるだろう」
銀河まつり (新字新仮名) / 吉川英治(著)
つりあがった女の眼は、光の窓みたいにとがっていた。髪は肩へ散らかっているし、水びたしになった着物だの、肌だのを持って、寒いとも感じないほど、逆上してしまっている。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
下手な雑俳をたしなつゆ正吉しょうきちという中老人、これは野幇間のだいこのような男ですが、筆蹟が良いので瓢々斎に調法がられ、方々の献句けんくの代筆などをして、毎日のように入りびたっておりました。
ほとぼりがさめるとまた、王婆の奥に入りびたって、金蓮相手に、したい三昧ざんまい痴戯ちぎふけった。——女も今では、誰におどおどすることもない。晩になってもせかせか帰る灯はないのだった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)