)” の例文
あまり結構でない煙草の煙が、風のない庭にスーツと棚引くと、形ばかりの糸瓜の棚に、一の雲がゆら/\とかゝる風情でした。
日輪は赫々と空にありながら、また沛然はいぜんと雨が降りだした。怪しんで人々が天を仰ぐと、一の黒雲のなかに、于吉の影が寝ているように見えた。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ものたましひがあるとの想像さうざうむかしからあるので、だい山岳さんがく河海かかいより、せうは一ぽんくさ、一はなにもみなたましひありと想像さう/″\した。
妖怪研究 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
青い水に浮く一の牡丹桜のような少年の死骸、わたしは、その美しさを目にまぼろしにうかべてみた。
美少年 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
揚巻あげまきに結いし緑の髪には、一の山桜を葉ながらにさしはさみたり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
平次は何やら掴んでグイと引くと、一の黒いものが手に殘つて、曲者はパツと飛びました。恐ろしい輕捷けいせふな身のこなし。
道を行く者、軒さきに立って見送る者、みな天の一角に、颱風たいふうを告げる一の黒雲でも見出したようにささやきあった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この曲には一点一画の無駄もなく、一まつの不足もない。達人ブラームスが技巧の粋を傾けて書いたと言ってもいい。
さかずきを持ちながら、三人がひとしく空をふりあおぐと、こはなに? 狐火きつねびのような一怪焔かいえんが、ボーッとうなりを立てつつ、頭の上へ落ちてくるではないか。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その人々はやがて、山頂の三峰権現みつみねごんげんへ出て来た。そしてそこから空を仰ぐと、空には一の雲もなかった。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何やら怪しい者、——一の黒雲のやうなものが、平次の寢屋に忍び込みました。鼾も何にも聞えませんが、手探りで床の側に這ひ寄ると、盲目めくら搜りに蒲團を剥いで、闇にもキラリと閃めく刄。
けれど、徐々に、片手に剣をさげた武蔵の姿が、沛雨はいうをつつんだ一黒雲こくうんのように、敵のしんへ、やがて降りかかるものを、恐怖させていたことはたしかである。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
十方碧落へきらく、一の雲もない秋だった。きびのひょろ長い穂に、時折、驢も人の背丈せたけもつつまれる。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、彼の上半身は、ひょろと、空を泳いでいた。と見えたのも一瞬である。見物人の眼には、一の血の霧が、バッと、大輪の花みたいにそこで開いたかのように映った。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あれこれ、思い合せると、主人思いな右馬介の心には、鵺の住む一の黒雲のなかに、主君の運命も、藤夜叉が生んだ不知哉丸の未来も、すべて、呪われているものに見えた。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「まことに、晴天一の雲です。けれど、彼の計を、さらに計るの策はありませぬか」
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すると、一の白雲が、まぶたを流れた。——そしてそこに塩尻峠の山や、高野の草が見えた。——武蔵はそよぐ風をふんで、剣を抜いて立っている。自分は、じょうを取って、それに対している。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
の雲かと見えたのが、近づくに従って、一ぴょうの軍馬と化し、敵か味方かと怪しみ見ているいとまもなく、その中から馳けあらわれた一人の大将は漆艶うるしつやのように光る真っ黒な駿馬しゅんめにうちまたがり
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふもとから仰げば、山の中腹を、一の白雲が通っているのであろう。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
見ると、一の黒雲が望楼をめぐって、望楼をスウと離れてゆく。——チカチカッと墨の中で何かが光った。光が眸をこばむのである。だが痛みをこらえて凝視ぎょうしすると、それは一本の剣の剣光にちがいない。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夜の明けかけた野末の果てに、一の白雲を見たのみである。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
武蔵の体は、一の雲みたいに、濛々もうもうと汗にけむっていた。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
仰ぐと、一の春の雲がふんわりと遊んでいる。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)