めく)” の例文
寝台の上の深々とした羽根蒲団をパッとめくり挙げてみて、返す足で寝台の横手へ駈け込んで、大きな姿見の付いた衣装戸棚を全部あけっ放した。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
そして五六歩あるき階段へ廻る廊下の角の林檎りんごの鉢植の傍まで行くと、老紳士と組んだ腕を解き、右の片手を鉢の縁にかけ、夜会服のすそを膝までめくる。
ドーヴィル物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そして、正勝はそのベッドの夜具をめくり、紀久子の胸を軽く押した。紀久子は胸を押されて、初めて意識を取り戻したようにしてベッドの中に潜り込んだ。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
仕方なしに、大きな箱入はこいりのふだ目録を、こゞんで一枚々々調べて行くと、いくらめくつてもあとからあとから新らしい本の名が出てる。仕舞に肩が痛くなつた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
お嬢ちゃん、まあ見て御覧、こんな工合に何ぼでも剥がれますねんと云いながら、瘡蓋の端を摘まんで引き剥がすと、ずるずると皮が何処迄でもめくれて行く。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「桐と出ろ」と主人は積重ねてある札をめくって打ち下した。「おやおや、雨坊主だ」
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
……おい、目ッ吉、象の肩にかかっているあの段通を引ンめくって見ようじゃないか
女はやはり人にはさまれて動けないらしいが、どういう加減かスカアトがめくれたままに押しつけられていて、白い腿が俺の眼に見えるのだ。こんな寒いのに女は素足だった。真白い腿だった。
(新字新仮名) / 梅崎春生(著)
と黄八丈が骨牌ふだめくると、黒縮緬の坊さんが、あかい裏を翻然ひらりかえして
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一枚一枚めくり裂きて半巻を無にした所へ氏が帰った。
「いきなり尻をめくったんで、ヘッ」
私が俯向いているために、探偵もまた黙してただ手持無沙汰そうに窓外へ眼を移したり書類をめくったりしていた。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
燐寸マッチる事一寸いっすんにして火はやみに入る。幾段の彩錦さいきんめくり終れば無地のさかいをなす。春興は二人ににんの青年に尽きた。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
何処どこ寂然せきぜんとして、瓢逸ひょういつな街路便所や古塀こべいの壁面にいつ誰がって行ったともしれないフラテリニ兄弟の喜劇座のビラなどが、少しめくれたビラじりを風に動かしていたりする。
巴里の秋 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
正勝は向き直って喜平のベッドに近寄り、夜具を引きめくって銀光のものを振り落とした。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
立膝たてひざをしたまま、左の手で座蒲団ざぶとんめくって、右を差し込んで見ると、思った所に、ちゃんとあった。あれば安心だから、蒲団をもとのごとくなおして、その上にどっかりすわった。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
眼に色を見ないせいか、外の暴風雨あらしは今までよりは余計耳についた。雨は風に散らされるのでそれほど恐ろしい音も伝えなかったが、風は屋根もへいも電柱も、見境みさかいなく吹きめくって悲鳴を上げさせた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)