後部うしろ)” の例文
私は、そうしている束髪の何とも言えない、後部うしろの、少し潰れたような黒々とした形を引入れられるように見入っていた。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
昔を忘れないお婆さんも隠居らしい薄羽織を着て、まだ切下げたばかりの髪の後部うしろを気にしながら皆と一緒に膳に就いた。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼のあつらえた本棚には硝子戸ガラスど後部うしろも着いていなかった。塵埃ほこりの積る位は懐中に余裕のない彼の意とする所ではなかった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私は拳骨げんこつを固めて、耳の後部うしろの骨をコツンコツンとたたいた。けれどもそこからは何の記憶も浮び出て来なかった。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼は知らずに犯した売国奴の罪を償うため、自動車の後部うしろにとびつき、身を挺してここへきたのだ。壮太自慢の拳骨メリケンがとぶたびに、ばったばったと船員共は倒された。
危し‼ 潜水艦の秘密 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
やう文句もんくで、隨分ずゐぶん奇妙きめうな、おそらくは新派しんぱ先生せんせい一派いつぱから税金ぜいきん徴收とりさうなではあつたが、つきあきらかに、かぜきよ滊船きせん甲板かんぱんにて、大佐たいさ軍刀ぐんたうつか後部うしろまはし、その朗々らう/\たる音聲おんせいにて
「ここさ。こゝの骨さ、叛骨といふのは……」大森氏は扇の端で一寸髑髏しやれかうべ後部うしろつゝついた。「むかししよくの曹操が関羽の頭を見て、此奴こいつは叛骨が飛び出しているから叛反むほんをすると言つた……」
羽根がむらさきのような黒でおなかが白で、のどの所に赤い首巻くびまきをしておとう様のおめしになる燕尾服えんびふく後部うしろみたような、尾のあるすずめよりよほど大きな鳥が目まぐるしいほど活発に飛び回っています。
燕と王子 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
笑って正太と話していた三吉も、甥が別れて行った後で、急に軽い眩暈めまいを覚えた。頭脳あたま後部うしろの方には、しつけられるような痛みが残っていた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そうしてすぐ自分の後部うしろにある唐紙からかみを開けた。彼は其所から多量の綿を引きり出した。脱脂綿という名さえ知らなかった彼は、それをむやみに千切ちぎって、柔かい塊の上に載せた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私は赤い牝牛が「引割ひきわり」という方法に掛けられるのを見た。それはのこぎりで腰骨を切開いて、骨と骨の間に横木を入れ、後部うしろの脚に綱を繋いで逆さに滑車でつるし上げるのだ。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
其所の腰掛の後部うしろは高い屏風びょうぶのように切立きったっているので、普通の食堂の如く、広いへやを一目に見渡す事は出来なかったが、自分と一列に並んでいるものの顔だけは自由に眺められた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
女でさえおくれてはいない。腰の後部うしろでスカートを軽くつまんで、かかとの高い靴がまがるかと思うくらいはげしく舗石を鳴らして急いで行く。よく見ると、どの顔もどの顔もせっぱつまっている。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
時々私は技手と一緒に、凍った往来に足を留めて、後部うしろの方に起る女連おんなれんの笑声を聞くこともあった。その高い楽しい笑声が、寒い冬の空気に響いた時は、一層雪国の祭の夜らしい思をさせた。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)