大幅たいふく)” の例文
奥の八畳の座敷に、二人の客があって、酒たけなわになっている。座敷は極めて殺風景に出来ていて、床の間にはいかがわしい文晁ぶんちょう大幅たいふくが掛けてある。
鼠坂 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
わざ慇懃いんぎん應接あしらうて、先生せんせい拜見はいけんとそゝりてると、未熟みじゆくながら、御覽下ごらんくださいましとて、絹地きぬぢ大幅たいふくそれひらく。
画の裡 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
こと大幅たいふくに至つては南岳のも文鳳のも見たことがないから、どちらがどうとも判然と優劣を論じかねるが、しかし文鳳の方に絵の趣向の豊富な処があり
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
第十二「松の間」は、十六畳と二十四畳、三方正面の布袋ほていがあって、吊天井つりてんじょうで柱がない、岸駒がんく大幅たいふくがある。
ロマンテイツクなる秀才なりしが、岡山の高等学校へはひりしのち腎臓結核じんざうけつかくかかりて死せり。平塚の父は画家なりしよし、その最後の作とか言ふ大幅たいふくの地蔵尊を見しことあり。
学校友だち (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
一間いっけんとこには何かいわれのあるらしいらいという一字を石摺いしずりにした大幅たいふくがかけてあって、その下には古い支那の陶器と想像せられる大きな六角の花瓶かへいが、花一輪さしてないために
じくは底光りのある古錦襴こきんらんに、装幀そうてい工夫くふうめた物徂徠ぶっそらい大幅たいふくである。絹地ではないが、多少の時代がついているから、字の巧拙に論なく、紙の色が周囲のきれ地とよく調和して見える。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
隣の書房に最も近い第一の窓の中には、一枚の大幅たいふくが画架にかかっていて、その前に群衆がせきとめられている。赤褐の色調で仕上げられた立派な写真で、幅の広い古金の額に入っている。
神の剣 (新字新仮名) / パウル・トーマス・マン(著)
絵の部は余りに無鑑別に沢山たくさん並べてある為か、又は僕の目が巴里パリイの絵に慣れて仕舞しまつた為か、かく感服すべき物に乏しい。展覧会むきかれた大幅たいふくの前には日本のそれ等と同じく人だかりがする。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
「秋庭」という題で相当な大幅たいふくである。ほとんど一面に朱と黄の色彩が横溢おういつして見るもまぶしいくらいなので、一見しただけではすぐにこれが自分の昔なじみの庭だということがのみ込めなかった。
庭の追憶 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
二十余日を経て五尺ばかりの大幅たいふく見事に出来上りたるつもりにて得々として帰りただちに浅井氏に示す。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
ただ文鳳の大幅たいふくを見たことがないので、大幅の伎倆を知ることが出来ぬのは残念である。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
この例の如き飾りつけといふは、先づ真中に、極めてきたなき紙表装の墨竹の大幅たいふくを掛けあり。この絵の竹は葉少く竿さお多く、もっとも太い竿は幅五、六寸もあり、蔵沢といふ余と同郷の古人の筆なり。
明治卅三年十月十五日記事 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)