そぞ)” の例文
ころしも一月のはじめかた、春とはいへど名のみにて、昨日きのうからの大雪に、野も山も岩も木も、つめた綿わたに包まれて、寒風そぞろに堪えがたきに。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
落款の場所に注意せよなどと言ふのは陳套語ちんたうごである。それを特筆するムアアを思ふと、そぞろに東西の差を感ぜざるを得ない。
侏儒の言葉 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
夢見ゆめみさととももうすべき Nara la Morte にはかりよんのおとならぬ梵鐘ぼんしょうの声あはれにそぞいにしえを思はせ候
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
此処から眺めた奥白根の絶巓ぜってんは、痛々しく筋骨をむき出してはいるが、山勢頗る峭抜して、そぞろに駒ヶ岳から仰いだ北岳の雄姿を偲ばしめるものがある。
秋の鬼怒沼 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
『罪の重荷を投げ下して、恋しき故郷に旅立ち帰る心持にて、喜色満面勇み立ったその姿は、そぞろに立会の官吏達を感歎せしめざるはなかったと申します』
ある抗議書 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
今昔こんじゃくの感そぞろにきて、幼児の時や、友達の事など夢の如くまぼろしの如く、はては走馬燈まわりあんどんの如くにぞ胸にう。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
で、今我部屋へ来て床のってあるのを見ると、もう気もそぞろになって、の事なぞは考えられん。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
然も詩趣ゆたかにして、そぞろにペラスゴイ、キュクロプスの城址じようしを忍ばしむる堅牢けんろうの石壁は、かの繊弱の律に歌はれ、往々俗謡に傾ける当代伝奇の宮殿をくだかむとすなり。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
今の東京にはこんな非文化式は流行はやらぬ。その代り文化式が全盛で、極印付きが三千何百も居るのだからウンザリする。今から二十何年前の非文化旺盛時代がそぞろになつかしまれる位である。
東京人の堕落時代 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
白石はくせき先生の『折焚柴おりたくしば』を読みてそぞろに感ずる所あり、先生が若かりし日、人のさかしらに仕を罷めて浪人の身となりさがりたる時、老いたる父母を養ひかねて心苦しく思ふを人も哀れと見て
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
落款の場所に注意せよなどと言うのは陳套語ちんとうごである。それを特筆するムアアを思うと、そぞろに東西の差を感ぜざるを得ない。
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
人はそぞろに大潮のうねりの如くに強く抵抗し難い威圧と、必然的に起って来る頼りない淋しい気分と
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
当時送り来りし新夫婦の写真今なおあり、これに対するごとにわれながらそぞろに微笑の浮ぶを覚えつ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
そぞろに今昔の感に打たれざるを得ない。
こりゃ楽ではないわいとそぞろに不安の念が漂う。其癖そのくせ心はぐいぐい奥の方へ引張られて行くのだ。
黒部川を遡る (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
その当時の悲痛を思うに、今もそぞろに熱涙ねつるいくを覚ゆるぞかし。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)