一閑張いっかんばり)” の例文
とこには遊女の立姿たちすがたかきし墨絵の一幅いっぷくいつ見ても掛けかへられし事なく、その前に据ゑたる机は一閑張いっかんばりの極めて粗末なるものにて
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
照子はくすくす、「五十五銭にいたしておきます、一閑張いっかんばりのお机にはうつりがうございますよ。一円ならお剰銭つりをあげましょうか。」
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
蝋塗ろうぬりに螺鈿らでんを散らした、見事なさやがそこに落散って、外に男持の煙草入が一つ、金唐革きんからかわかますに、そのころ圧倒的に流行はやった一閑張いっかんばりの筒。
連翹れんぎょう一閑張いっかんばりの机かな」という子規居士の句ほど客観的ではないが、元禄の句としては最も客観的な部類に属するであろう。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
玄関から座敷へ通って見ると、寺尾は真中へ一閑張いっかんばりの机を据えて、頭痛がすると云って鉢巻をして、腕まくりで、帝国文学の原稿を書いていた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
表座敷へ戻って、向の山の傾斜がよく見えるようにと、三吉はすっかり障子を開けひろげた。正太も広い部屋の真中へ大きな一閑張いっかんばりの机を持出した。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
離れの一閑張いっかんばりからは左手の指紋ばかりしかあらわれなかったに反し、母屋おもやの金庫に残っていた指紋には左右両手のものがあったので、母屋を襲った凶賊は
祭の夜 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
時雄の書斎にある西洋本箱を小さくしたような本箱が一閑張いっかんばりの机の傍にあって、その上には鏡と、紅皿べにざらと、白粉おしろいびんと、今一つシュウソカリの入った大きな罎がある。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
銀子が顔を直し、仕度したくをして行ってみると、薄色のあいの背広を着た倉持は、大振りなあか一閑張いっかんばりの卓にって、緊張した顔をしていたが、ると鞄が一つ床の間においてあった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
善通寺ぜんつうじの荒物屋で見かける品に、一閑張いっかんばり塵取ちりとりで、とても便利なものがあります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
五つぎぬぎ、金冠をもぎとった、爵位も金権も何もない裸体になっても、離れぬ美と才と、彼女の持つものだけをもって、粛然としている。黒い一閑張いっかんばりの机の上には、新らしい聖書が置かれてある。
柳原燁子(白蓮) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
山吹に一閑張いっかんばりの机かな 子規
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
奥座敷の中央まんなかには、正太が若い時に手ずから張って漆をいたという大きな一閑張いっかんばりの机が置いてある。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
一閑張いっかんばりの机を取巻いて家族が取交す晩餐の談話というのは、今日の昼過ぎ何処そこの叔父さんが来てこの春の母が病気の薬代くすりだいをどういったとか、実家さとの父が免職になったとか
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
すなわちかたわらなる一閑張いっかんばりの机、ここで書見をするとも見えず、帙入ちついりの歌の集、蒔絵まきえ巻莨入まきたばこいれ、銀の吸殻おとしなどを並べてある中の呼鈴をとんと強く、あと二ツを軽く、三ツ押すと、チン
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「そうです。この一閑張いっかんばりの机にもたれて右手のない男と話をしていました」
祭の夜 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
しかし宿屋と違って同じ時間に起きる必要はありません。片方が起きても、片方は寝たいだけ寝ていられます。私は兄さんをそっとしておいて、次の座敷にえてある一閑張いっかんばりの机に向う事ができます。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
玉木さんはここへ世話に成ってから最早その部屋の壁も、夏の日の射した障子も見飽きたという様子で、小父さんから借りた一閑張いっかんばりの机の前に寂しそうに坐っていた。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
厚衾あつぶすま二組に、座敷の大抵狭められて、廊下の障子におしつけた、一閑張いっかんばりの机の上、抜いた指環ゆびわ黄金きん時計、懐中ものの袱紗ふくさも見え、体温器、洋杯コップの類、メエトルグラス、グラムを刻んだはかりなど
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)