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へツつひ
……
竈の
角に、らくがきの
蟹のやうな、
小さなかけめがあつた。それが
左の
角にあつた。が、
陽炎に
乘るやうに、すつと
右の
角へ
動いてかはつた。
厨房に
居るもので
嚏をしないのは
只料理人と、それから
竈の
上に
坐つて、
耳から
耳まで
剖けた
大きな
口を
開いて、
齒を
露出して
居た一
疋の
大猫ばかりでした。
「
泉が、
又はじめたぜ。」その
唯一つの
怪談は、
先生が十四五の
時、うらゝかな
春の
日中に、
一人で
留守をして、
茶の
室にゐらるゝと、
臺所のお
竈が
見える。
「
唯それだけだよ。しかし
今でも
不思議だよ。」との
事である。——
猫が
窓を
覗いたり、
手拭掛が
踊つたり、
竈の
蟹が
這つたり、ひよいと
賽を
振つて
出たやうである。
素ばらしい
竈を二ツ
並べて一
斗飯は
焚けさうな
目覚しい
釜の
懸つた
古家で。