“あたへ”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:アタヘ
語句割合
与33.3%
直16.7%
価16.7%
私16.7%
與16.7%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
かくて后(のち)弟(おとゝ)別家(べつけ)する時家の物二ツに分(わか)ちて弟に与(あたへ)んと母のいひしに、弟は家財(かざい)を望(のぞま)ず光る石を持去(もちさら)んといふ。
およそこの倭建の命、國平(む)けに𢌞り行(い)でましし時、久米(くめ)の直(あたへ)が祖、名は七拳脛(つかはぎ)、恆(つね)に膳夫(かしはで)として御伴仕へまつりき。
また秦(はた)の造(みやつこ)の祖、漢(あや)の直(あたへ)の祖、また酒(みき)を釀(か)むことを知れる人、名は仁番(にほ)、またの名は須須許理(すすこり)等、まゐ渡り來つ。かれこの須須許理、大御酒を釀(か)みて獻りき。
恐(おそ)る可(べ)き哉(かな)、己(おのれ)より三歳(みつ)弱(わか)い山田(やまだ)が既(すで)に竪琴草子(たてごとざうし)なる一篇(いつぺん)を綴(つゞ)つて、疾(とう)から価(あたへ)を待(ま)つ者であつたのは奈何(どう)です、然(さう)云(い)ふ物を書いたから
硯友社の沿革 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
『私(あたへ)かて、知りまへんがな、……こんなとこ。……』
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
與(あたへ)んとて懷中より三兩(りやう)出し長助へ渡しけるに長助は大地(だいち)に鰭伏(ひれふし)此御恩(このごおん)は忘(わす)れまじとて悦(よろこ)びけり是よりは別(べつ)して此(この)長助而已(のみ)毎度(まいど)お常(つね)始(はじ)めの惡巧(わるだく)みを内通(ないつう)して又七を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)