颯然さつぜん)” の例文
荒天の雲のように、不安と勝気と、また焦躁と剛胆とが、去来きょらいしぬいていた風である。が、颯然さつぜんとその心は窓が開いた。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たかうすびょうの矢が一筋、颯然さつぜんと風を切りながら、ひとゆりゆって後頭部へ、ぐさと箆深のぶかく立ったからである。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
こゝに半夜をつひややがて閉場のワルツに送られて群集と共に外にいづるや、つめたき風颯然さつぜんとして面をつ……余は常に劇場を出でたる此の瞬間の情味を忘れ得ず候。
夜あるき (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
竜雄が、市平に宛てた手紙を書いてから一週間目、市平は颯然さつぜんとして帰ってきた。
土竜 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
いうが早いか、やりを持ちなおして、敢然かんぜん試合場しあいじょうのほうへ帰ってきたが、まだれいもすまないうちに血気けっきばしった祇園藤次ぎおんとうじが、颯然さつぜんとおどりかかった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ようやく、日頃の細かい神経や肉体のうちに住んでいる臆病虫が、こよいの暴風雨あらしに、颯然さつぜんと、相模灘さがみなだの彼方へふき飛んで行ってしまった心地がする。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
同時に右手めての大刀を、颯然さつぜんと横に払ってきたので、彼はすばやく後ろへ身を開いた。そのはずみに塗枠ぬりわくふすま障子一、二枚をあおって菊の間の中へドッと仆れる。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
颯然さつぜんと、ほたるくだいたような光が飛んだ。あッといった時は、それが剣であったとみる眼もくらんで、窯焚かまたきの百助ももすけひたいおさえて、ダッ——とびのき、満面まんめんしゅになって
増長天王 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
声もかけぬ狂刃が、いきなり暁闇ぎょうあんからおどったのはその時である。颯然さつぜんたる技力ぎりょくはないが、必死! と感じられる小脇差の切ッさきが、うしろから老人のびんをかすった。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その黒髪をつが如く、颯然さつぜんと鳴った大刀は、白光の火を縦に曳いて、金吾の真ッ向へ落ちてくる。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
飛び下りた影をねらって、颯然さつぜんたる一刀が月光に鳴り、斜めに腰を払ったが、ヒラッとかわして銀五郎が、無二無三の刃交はまぜいどむと、対手あいてはたちまちかすりをうけて後退あとずさ
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その鋭さに、新九郎はハッと気竦きすくみを覚えて日頃鍛練たんれんこずえ斬りの飛躍の呼吸をもって、咄嗟とっさに上に跳びかわそうとしたが、ほとんど、その隙もなく左典の返した上段刀が颯然さつぜん来た。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と——思うまに菊池半助の無情むじょうやいばは、颯然さつぜんと、伊那丸いなまるえりもとへおちた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
颯然さつぜんと目のまえへりてきたのは、大鷲おおわしのクロである。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)