貧民窟ひんみんくつ)” の例文
学校といえば体裁ていさいがいいが、実は貧民窟ひんみんくつ棟割長屋むねわりながやの六畳間だった。すすけた薄暗い部屋には、破れたはらわたを出した薄汚ないたたみが敷かれていた。
現にこの近所には貧民窟ひんみんくつの様な長屋があるのだが、そこではどの家も必要以上に子福者こぶくしゃばかりだ、という様なことを大いに論じたものである。
毒草 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
第四にはセットの道具立てがあまり多すぎて、印象を散漫にしうるさくする場合が多い。たとえば「忠弥ちゅうや」の貧民窟ひんみんくつのシーンでもがそうである。
映画時代 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
杉の茂りのうしろ忍返しのびがえしをつけた黒板塀くろいたべいで、外なる一方は人通ひとどおりのない金剛寺坂上こんごうじさかうえの往来、一方はそのうち取払いになってれればと、父が絶えず憎んで居る貧民窟ひんみんくつである。
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
このかわのふちは、一たい貧民窟ひんみんくつんでいて、いろいろの工場こうじょうがありました。どの工場こうじょうまどあかくなって、そのなかからは機械きかいおとなくこえてきました。
星の子 (新字新仮名) / 小川未明(著)
種々いろ/\の艱難辛苦をめた挙句、貧民窟ひんみんくつ近くに金貸の看板をかゝげて、十年間に巨万の財産を造つた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
ここへ中央の勢力が入った以上、もう、あんな貧民窟ひんみんくつけだものたいな生活は何人にも許されないんだ
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
ごみめの箱をくつがえしたごとく、あの辺一帯にひろがって居る貧民窟ひんみんくつの片側に、黄橙色だいだいいろ土塀どべいの壁が長く続いて、如何いかにも落ち着いた、重々しい寂しい感じを与える構えであった。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
憲法発布の明治の頃、日暮里の貧民窟ひんみんくつの東西長屋に住んでいて、日々、市中の山の手を貰って歩く子連れの乞食がありました。扇を半扇にひらいて発明節というのを唄って門に立ちました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
錦小路がわの一部隊は、すぐ附近の貧民窟ひんみんくつの民家をぶちこわしにかかっていた。つぶされた家の下からあかぼうを抱いた女や老人や子どもらが、貝殻の中から逃げるやどかりみたいに逃げ散った。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
エジプトの都会の貧民窟ひんみんくつ喧噪けんそう怠惰たいだの日々を送っている百万の同胞に向って、モオゼが、エジプト脱出の大理想を、『口重く舌重き』ひどい訥弁とつべんで懸命に説いて廻ってかえって皆に迷惑がられ
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
気焔きえんを吐いたり、英語交りにまくし立てたり、ハイカラな衣裳や持ち物などを見せびらかしたり、まるで貴族のお嬢様が貧民窟ひんみんくつを訪れたように、威張り散らしていやしないか。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
豪慢ごうまんなる、俗悪なる態度は、ちょうど、娘を芸者にして、愚昧ぐまいなる習慣に安んじ、罪悪に沈倫ちんりんしながら、しかもおだやかにその日を送っている貧民窟ひんみんくつへ、正義道徳、自由なぞを商売にとて
曇天 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
“これに比べれば、貧民窟ひんみんくつだろうが何だろうが俺達の生れた黄泥巷こうでいこうは極楽だ”
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
惣門そうもん前通りから四条の方へ寄った往来は、所司代の第宅ていたくもあり、武家の小路もあり、町も整って、都らしくなるが、北側の錦小路にしきこうじあたりは、今なお整理されない貧民窟ひんみんくつが、室町むろまちの世頃をそのまま
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ああ、この貧民窟ひんみんくつですか。命令ですっかり取払いになりましてね。大分騒ぎましたけど官署コアリシュウのやることをどうにもなりはしませんや。気の毒なもんでしたよ。その日から寝る所もないのですからな」
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)