諧調かいちょう)” の例文
すべてそれらの物音を、太田は飽くことなく楽しんだ。雑然たるそれらの物音もここではある一つの諧調かいちょうをなして流れて来るのである。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
真に読むことを知ってる者は、ジャン・クリストフと歓喜せる魂との間の、職分や技術や調和や諧調かいちょうの本質的な差異を見てとるだろう。
幸福というものは、魂のかおりであり、歌う心の諧調かいちょうである。そして魂の音楽のうちのもっとも美しいものは、温情にほかならない。
平生はただ美しいとばかりで不注意に見過ごしている秋の森の複雑な色の諧調かいちょうは全く臆病おくびょう素人しろうと絵かきを途方にくれさせる。
写生紀行 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
店で買物をしている人たちも、往来で立話をしている人たちも、皆が行儀よく、諧調かいちょうのとれた低い静かな声で話をしていた。
猫町:散文詩風な小説 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
単に尨大ぼうだいな治乱興亡を記述した戦記軍談のたぐいでない所に、東洋人の血を大きくつ一種の諧調かいちょうと音楽と色彩とがある。
三国志:01 序 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それと一つには、三人の姉妹が同じ屋根の下に集ると云うことが、それだけで家の中に春風を生ぜしめるので、この三人の中の誰が欠けても諧調かいちょうが失われるのであろう。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
右へ左へとその飛沫の線を延ばしながら歓声をあげて水面を叩き、揺れあい押しあいつつ眩しいほど雪白の泡となって汀を掩う……これらはすべて或る諧調かいちょうをもっていた。
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
かつてその諧調かいちょう噪音そうおんがあった場合がなく、また強弱に失した場合もない。色調はいつも深くまた静かである。これに材料の柔かさとその心地よき厚みとが一層の温味を加える。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
すると、この広間の声々は海鳴りの音に似て来る。意味の取れなくなった音響でありながら、それは一脈の諧調かいちょうをもっていた。さッと遠退とおのいて行って、時をおいて間もなくどッとこちらに押し寄せた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
声とその諧調かいちょうの美とを賞したのだという。
蝉の美と造型 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
管絃楽は沈黙してしまって、眩暈めまいを起こさせるほどの諧調かいちょうの上に彼を取り残した。その諧調のなぞは解けていなかった。彼の頭脳はなお強情に繰り返した。
ゴトン……ゴトン……と諧調かいちょうをもって廻る水車の音に、先の話し声が消されがちでしたが、その代り彼が忍んだことも、鋭敏な彼等に気づかれていない。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ジャン・クリストフ」十巻がいかに音楽的諧調かいちょうに満たされているかは、次の告白によっても明らかである。
これに反して、同じ北斎が自分の得意の領分へはいると同じぎざぎざした線がそこではおのずからな諧調かいちょうを奏してトレモロの響きをきくような感じを与えている。
浮世絵の曲線 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そして子供の思想の中にはいり込み、その夢の中にみ込み、よどみなき諧調かいちょうのマントで彼をくるんでやる。
小広い平地があって、竹林ちくりんのしげったすみに、一けん茅葺屋根かやぶきやねがみえ、裏手うらてをながるる水勢のしぶきのうちに、ゴットン、ゴットン……水車みずぐるま悠長ゆうちょう諧調かいちょうがきこえる。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私はそれよりもむしろ、ジャン・クリストフの最後に、「愛と憎とのおごそかな結合たる諧調かいちょう(一一)
線の並列交錯に現われる節奏や諧調かいちょうにどれだけの美的要素を含んでいるかという事になると、問題がよほど抽象的なものになり、むしろ帰納的な色彩を帯びては来るが
浮世絵の曲線 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
からみ合った昼と夜との微笑ほほえみ。愛と憎悪とのおごそかな結合、その諧調かいちょう。二つの強き翼をもてる神を、われは歌うであろう。生をたたえんかな! 死を讃えんかな!
雑音もなくほこりも立たない大通りを、揺られながらウットリともたれて、ズンズン流れてゆく地の上を細目に見ていると、駕屋の足音も一種の諧調かいちょうをもって気持よく聞こえる。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
刑務所や工場を題材にしているにかかわらず、全体に明るい朗らかな諧調かいちょうが一貫している。
映画雑感(Ⅰ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
呑噬どんぜい獅子ししである。ひしひしと寄せてくる虚無を打倒している。そして戦いの律動リズムこそ最上の諧調かいちょうである。この諧調は命数に限りある汝の耳には聞き取れない。
「百万両」にはなんとなく諧調かいちょうの統整といったようなものが足りなくて、違った畑のものが交じっているような気がしたが、今度のはそういう不満はあまり感じさせられない。
映画雑感(Ⅰ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
かんとか天彦あまひことかいう名笛めいてきのようだ。なんともいえない諧調かいちょう余韻よいんがある。ことに、笛の音は、きりのない月明げつめいの夜ほどがとおるものだ。ちょうど今夜もそんなばん——。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
音響的形体におけるごとく視覚的形体における諧調かいちょうを支配する、同じ法則や、または、生命の両反対の斜面をそそぐ色と音との両河が流れ出る、魂の深い水脈などを。
水車の諧調かいちょうに、あたりはいつか、たそがれてきた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
音楽家は音楽ばかりで養われてるものではない。人間の言葉の抑揚、身振りの律動リズム、微笑の諧調かいちょう、などはみな音楽家に、仲間の者の交響曲シンフォニー以上の音楽を暗示するのである。
愛する女に取り巻かれてる心地がして、限りないうれしさが胸いっぱいになった。眼を閉じて霊妙な曲をひきだした。そのとき彼女は、神々こうごうしい諧調かいちょうに包まれてるその室の美を悟った。
紫色のもやに浸ってる大木、灰色の像や柱頭、幾世紀もの光を吸収した王政時代の塔碑の苔生こけむした石、それらの上にしている光線の諧調かいちょうを——細やかな日光と乳白色の水蒸気とでできてる
おう、平和、崇高な諧調かいちょう、解放された魂の音楽! なんじのうちには、悲しみも喜びも死も生も、敵同志の民族も味方同志の民族も、みないっしょにけ合っている。私は汝を愛する、汝を求める、汝を
静寂の詩が、砂漠さばく諧調かいちょうが、その顔には感ぜられた。