蠣殻町かきがらちょう)” の例文
旧字:蠣殼町
日本橋、蠣殻町かきがらちょう二丁目にある銀座が分判銀ぶばんぎん朱判銀しゅばんぎんを鋳造するのにたいして、金座のほうは大判、小判、分判金ぶばんきんを専門に鋳造する。
顎十郎捕物帳:07 紙凧 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
浜龍は東金とうがねの姉娘の養女で、東京の蠣殻町かきがらちょう育ちだったが、ちょっと下脹しもぶくれの瓜実顔うりざねがおで、上脊うわぜいもあり、きっそりした好い芸者だった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
蠣殻町かきがらちょうの有馬の屋敷の火の見やぐらには、一種の怪物が棲んでいたのを火の番の者に生け捕られ、それが瓦版の読売の材料となって
まだ自分たちと同じく蠣殻町かきがらちょうの父の家に住居のころ、一六いちろく三八さんぱちか日取りは記憶せぬが月に数回、師をへいして正式に茶の湯の道を学んだのが始めで
茶の本:01 はしがき (新字新仮名) / 岡倉由三郎(著)
浜町を抜けて明治座前の竈河岸へっついがしを渡れば、芳町よしちょう組合の芸者家の間に打交りて私娼の置家おきやまた夥しくありたり。浜町の女と区別してこれを蠣殻町かきがらちょうといへり。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
私は筋肉炎という未だかつて聞きもしなかった病気にとりつかれて蠣殻町かきがらちょうは岩佐病院の一室にほとんど五十日余も入院していた。大手術を受けたのであった。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
拵えてよ。矢張りまた前年いつかのように浜町か蠣殻町かきがらちょうらしいの。……あの人のは三十を過ぎてから覚えた道楽だから、もう一生止まない。だから愛想が尽きて了う。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
遊んで居てもいけないからと云うので、今度商法をね……当節は兎角商法流行ばやりで、遠州の方から葉茶はぢゃを送ってくれると云うので、蠣殻町かきがらちょう空家あきやが有ったもんだから
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
さて、おさかなには何がある、錦手にしきでの鉢と、塗物の食籠じきろうに、綺麗に飾って、水天宮前の小饅頭と、蠣殻町かきがらちょう煎豌豆いりえんどう、先生を困らせると昼間いったその日の土産はこれで。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「うまく言ったな——しかし君、蠣殻町かきがらちょうだけは用心したまえ、素人しろうとじゃどうしてもしくじるぜ」
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
蠣殻町かきがらちょうの中島座、へえそんな芝居がありましたかとばかり、全く過去に葬られたが、同町二丁目の狭い横町、鼠木戸に紋櫓もんやぐら、むろん古風の劇場だが小さいながら茶屋が七、八軒
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
「イヨー、すっかり米屋さんといった風じゃないか、蠣殻町かきがらちょうだね、……どう見ても」
贋物 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
蠣殻町かきがらちょう三丁目へ来てみると、驚いたことに大村という歯科医はありませんでした。
墓地の殺人 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
おれも近いうちに嫁を貰うことになってる、相手が蠣殻町かきがらちょうの娘のおちよだってことはおめえも知ってるだろう、おちよも生娘じゃねえっていうのか。冗談じゃねえ、と猪之は赤くなった。
物音を聞き附けて、最初に駆け附けたのは、泊番の徒目附かちめつけであった。次いで目附が来る。大目附が来る。本締もとじめが来る。医師を呼びにる。三右衛門の妻子のいる蠣殻町かきがらちょう中邸なかやしきへ使が走って行く。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
東京では虎の門の金毘羅様こんぴらさまと、蠣殻町かきがらちょう水天宮すいてんぐう様とが競争者で、一方の縁日がお天気なら他の一方は大抵雨が降るといいますが、たといそんなはずはなくても、なんだかそういう気がするのは
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
あの貧乏な勝梅さん(前出、長唄の師匠)の蠣殻町かきがらちょうの家から出ると豊沢団とよざわだんなんとかいう竈河岸へっついがしの義太夫の師匠の表格子にたって、ポカンと中の稽古をきいて過し、びっくりして歩きだして橋を渡ると
下宿屋の主婦あるじにがみがみ言われるのが厭なので、このごろはその前を多くは素通りにすることにしていた。そして蠣殻町かきがらちょうの方へ入り込んでいる。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
蠣殻町かきがらちょうの浅野の屋敷のまえを通り、川っぷちをつたいながら弥太堀の近くまで行くと、蔵屋敷くらやしきのならびの大黒堂の横手に、五十ばかりの汚い布子を着た雪駄せった直しが
芝赤羽根しばあかばね海軍造兵廠かいぐんぞうへいしょうの跡は現在何万坪という広い閑地になっている。これは誰も知っている通り有馬侯ありまこう屋舗跡やしきあとで、現在蠣殻町かきがらちょうにある水天宮すいてんぐうは元この邸内にあったのである。
そして柳沢が買ったのでもお宮に対する私の愛情には変化かわりはないと思いきわめてしまうと、もうこれから早く一旦いったん自家うちに帰って、出直して蠣殻町かきがらちょうにゆくことにのみ心が澄んで来た。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
山木がために参謀となり牒者ちょうじゃとなりて、その利益の分配にあずかれるのみならず、大胆にも官金を融通して蠣殻町かきがらちょうに万金をつかまんとせしに、たちまち五千円余の損亡そんもうを来たしつ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
越えて三歳みッつになる時、母親は蠣殻町かきがらちょう贔屓客ひいききゃくに、連児つれこは承知の上落籍ひかされて、浜町に妾宅を構えると、二年が間、蝶吉は、乳母おんば日傘で、かあちゃん、かあちゃんと言えるようになった。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
精米所の主人は、月に一度くらいは急度きっと蠣殻町かきがらちょうの方へ出て来るのであったが、その時は上さんと子供をつれて来ていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
電話で聞いただけでは、其の菊水という家もよく分らないし、一つは沢村という家は何様な家か見て置きたいとも思って、人形町の停留場で降りて、行って見ると、成程蠣殻町かきがらちょう二丁目十四番地に
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
もっともわたしは終日外へ出なかったのでその事を知らなかったが、築地の路地裏にそろそろ芸者の車の出入しかける頃、突然唖々子が来訪して、蠣殻町かきがらちょうの勤先からやむをえず雪中歩いて来た始末を語った。
十日の菊 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
蠣殻町かきがらちょうの、佐原屋のほうです」
顎十郎捕物帳:14 蕃拉布 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)