藤棚ふじだな)” の例文
子供がいたずらに小石でも投げたかと思ったが、そうではなくて、それは庭の藤棚ふじだな藤豆ふじまめがはねてその実の一つが飛んで来たのであった。
藤の実 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
といいながら、先に立ったのは目明しの釘勘で、法蔵院の池の前から八ツ橋をスタスタと渡り、向うの藤棚ふじだなの人なきところで待ちました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そうして子供たちとわかれて、私ひとり石段をゆっくりのぼって来ると、石段の上の、藤棚ふじだなかげにお母さまが立っていらして
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
茶店の前を過ぎて水族館の裏手の藤棚ふじだなの処まで往くと、傍を通っている人もないので、山西は距離をちぢめて往って声をかけた。
水魔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
何かの必要があって藤棚ふじだなの竹を解いたので、そこに下っていた藤の長房が地に垂れて、花の末を汚した、という意味であろう。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
主人は或百姓家の庭の、藤棚ふじだなの蔭にある溝池どぶいけふちにしゃがんで、子供に緋鯉ひごいを見せているお島の姿を見つけると、傍へ寄って来て私語ささやいた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
小さな、平凡な、退屈な村であって、しかも何となく懐かしく、記憶の藤棚ふじだな日蔭ひかげの下で、永く夢みるような村である。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
向こうの藤棚ふじだなの陰に見える少し出張でばった新築の中二階などとくらべると、まるで比較にならないほど趣が違っていた。
手紙 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
青い芝の丘に張り出されているバルコニーの上で、藤棚ふじだなの緑をほおに染ませながら雅子は毛糸の編物をしていた。
街頭の偽映鏡 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
それはそれでまた私をびしがらせた。母屋おもや藤棚ふじだなから、風の吹くごとに私のところまでその花のにおいがして来た。その藤棚の下では村の子供たちが輪になって遊んでいた。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
暗いほど茂った藤棚ふじだなの下で、彼女は伜から話されたことをかえして見た。
食堂 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
松の根はいわの如く、狭い土地一面に張り出していて、その上には小さい木箱のような庚申塚こうしんづか、すこし離れて、冬枯れした藤棚ふじだなの下には、帝釈天たいしゃくてんを彫り出した石碑が二ツ三ツ捨てたように置いてある。
曇天 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
藤棚ふじだなが、藤蔓ふじづるからんだ棚の部分だけ地面とすれすれに残ってい、その傍に流木が二三本積み重なったまま動かなくなっていたが、その時思いがけなくも、住宅の赤瓦あかがわらの屋根の上に、妙子と、板倉と
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
上に藤棚ふじだなのある、瓢箪池ひょうたんいけの橋の上に、私たちはたたずんでいた。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
夕方藤棚ふじだなの下で子供と涼んでいた。「おとうさん、ウム——と言っていると、あの蚊がみんなおりて寄ってくるのね」という。
試験管 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
藤棚ふじだなのさがった小さな橋の欄干らんかんがすぐそこにあった。新吉はその方へ折れた。
女の首 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
私はお母さまの後について行って、藤棚ふじだなの下のベンチに並んで腰をおろした。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
それに庸三は、最近裏の平屋を取り払って、そのあとへ花畑や野菜畑を作ったり、泉水に水蓮すいれん錦魚きんぎょを入れて、藤棚ふじだなけたりした。碧梧あおぎりの陰に、末の娘のために組み立てのぶらんこをも置いた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
木の皮葺かわぶきのバンガロオ、雑草のしげった庭、藤棚ふじだな(その花がいま丁度見事にいています)のあるヴェランダ、そこから一帯に見下ろせるもみ落葉松からまつの林、その林の向うに見えるアルプスの山々
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
それでいいかげんに切り上げて池の中へ追い込んでやると、またいつもの藤棚ふじだなの下へ帰って行って、そうしてきっと水を飲む。
沓掛より (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
しかし近年は裏の藤棚ふじだなの下の井戸水を頭へじゃぶじゃぶかけるだけで納涼の目的を達するという簡便法を採用するようになった。年寄りの冷や水も夏は涼しい。
涼味数題 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そうして、一日じゅうの大部分は藤棚ふじだなの下の浅瀬で眠ったりどろの中をせせったりして暮らしている。
沓掛より (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
至るところの新緑と赤瓦あかがわらの家がいかにも美しい。高いがけの上の家に藤棚ふじだならしいものが咲き乱れているのもあった。やがてロンバルディの平原へ出る。桑畑かと思うものがあり、また麦畑もあった。
旅日記から (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)