草分くさわけ)” の例文
原田氏はらだし星亨氏ほしとほるし幕下ばつか雄將ゆうしやうで、關東くわんとうける壯士さうし大親分おほおやぶんである。嶺村みねむら草分くさわけ舊家きうけであるが、政事熱せいじねつ大分だいぶのきかたむけたといふ豪傑がうけつ
田所町たどころちょう草分くさわけだった半田屋は戸を閉めてしまった。その後へ、彦兵衛は自分で行って、名標をくぎで打って来た。
鍋島甲斐守 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
声をかけてくれたのは、同じアパートの住人にして草分くさわけをもって聞える藤田という大道人相見の先生だった。
第四次元の男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
或いは生前にかしありといい、或いは約束ありと称して、家の貨財は味噌みそたぐいまでも取り去りしかば、この村草分くさわけの長者なりしかども、一朝にして跡方あとかたもなくなりたり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
捨吉と並んだ靴屋はこの教会の草分くさわけの信徒で、手に持った讃美歌集を彼の方へ見せて、一緒に歌えという意味を通わせた。捨吉は器械のように立ったり、腰掛けたりした。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
書物かきものにも見えますが、三浦郡みうらごおり久能谷くのやでは、この岩殿寺いわとでらが、土地の草分くさわけと申しまする。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その手前にかけている小柄な男は、洋書問屋の草分くさわけ、日本橋石町こくちょうの長崎屋喜兵衛。
顎十郎捕物帳:14 蕃拉布 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
これは飛行場よりはむし草分くさわけなのであるが、さすがに岩崎家のものだけに全国一とか東洋一とかいうもので、ここには西洋から、一頭何千円もする種類の種豚が沢山に集められてある
の家は草分くさわけだと申すことで、ふるい家でございます。
出す者なし此時末座まつざより一人の老人らうじん進み出ではゞかりながら御役人樣方へ申上ます私しは當村の草分くさわけ百姓にて善兵衞と申す者なるが當時たうじ此村は高廿八石にて百しやう二十二軒あるはなは困窮こんきうの村方なればかく御大勢長く御逗留ごとうりう有ては必死と難澁なんじふに及ぶべし澤の井の一でうさへ相分り申せば早速さつそく當村を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
貧乏はしても、大店おおだなふうに、家族は多かった。後家は六十に近い年であったが、江戸でも草分くさわけ老舗しにせを、自分の代でつぶしては、先祖へも申しわけがないと思うのだった。
鍋島甲斐守 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
明白に土地草分くさわけの旧家であっても、特許なしにはこれを傘・提灯ちょうちんにも書き込むことはできなかった。その使用を許さるるとなれば、多くの富豪は、甘んじて巨額の御用金に応じたのである。
家の話 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
草分くさわけ人々ひとびと
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)