脱棄ぬぎす)” の例文
暗いところで小父の脱棄ぬぎすてを畳んでいながら、二人の言合いをおそろしくも浅ましくも思ったお庄は、しまいに突っ伏して笑い出した。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
おつぎはだまつて草履ざうり脱棄ぬぎすてゝ座敷ざしきけあがつて、戸棚とだなからちひさなふる新聞紙しんぶんしふくろさがして、自分じぶんひらすこ砂糖さたうをつまみして
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
ひたひたとまつわる水とともに、ちらちらとくれないに目を遮ったのは、さかさまに映るという釣鐘の竜の炎でない。脱棄ぬぎすてた草履に早く戯るる一羽の赤蜻蛉の影でない。
夫人利生記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かくいひつつかぶりし帽を脱棄ぬぎすてて、こなたへふり向きたる顔は、大理石脈だいりせきみゃくに熱血おどる如くにて、風に吹かるる金髪は、こうべ打振りて長くいばゆる駿馬しゅんめたてがみに似たりけり。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
そッと格子戸のうちを覗いて見ると、赤い鼻緒や海老茶の鼻緒のすがった奇麗な駒下駄が三四足行儀よく並んだ中に、一足紫紺しこんの鼻緒の可愛らしいのが片隅に遠慮して小さく脱棄ぬぎすててある。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
汝等なんぢらにんよし爭論あらそひもととなって、同胞どうばう鬪諍とうぢょうすで三度みたびおよび、市内しない騷擾さうぜう一方ひとかたならぬによって、たうヹローナの故老共こらうども其身そのみにふさはしき老實らうじつかざり脱棄ぬぎすて、なんねんもちひざりしため
お庄は座敷で叔父の脱棄ぬぎすてを畳みながら今日も夜まで引っかかっているのかと思った。叔母は箪笥の上に置いた紙入れのなかをしらべなどしていた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
これのみにても眼覚めざましきに、肩掛ショオルをぱっと脱棄ぬぎすてたり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
新吉に寝衣ねまきを着せて床の中へ入れてから、自分はまたひとしきり、脱棄ぬぎすてを畳んだり、火鉢の火を消したりしていた。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)