肝癪かんしゃく)” の例文
天麩羅蕎麦もうちへ帰って、一晩寝たらそんなに肝癪かんしゃくに障らなくなった。学校へ出てみると、生徒も出ている。何だか訳が分らない。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
今我が枕頭に座って居ったとすれば我はこれにむくいるに「馬鹿野郎」という肝癪かんしゃくの一言を以てその座を逐払おいはらうに止まるであろう。
病牀苦語 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
トいいながらしずかに此方こなたを振向いたお政の顔を見れば、何時しか額に芋蠋いもむしほどの青筋を張らせ、肝癪かんしゃくまなじりを釣上げてくちびるをヒン曲げている。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
青筋出して肝癪かんしゃく起した二葉亭の面貌めんぼうが文面及び筆勢にありあり彷彿して、当時の二葉亭のイライラした極度の興奮が想像された。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
幾らか気色を直し肝癪かんしゃくやわらぐるなかだちとなり、失せた血色の目のふちのぼる頃、お万が客は口軽く、未練がないとはさすがは兼吉つあんだ、好く言つた
そめちがへ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
客のことばには押え切れない肝癪かんしゃくの響がある。「どうしたのだね。妙じゃないか。ジネストの奥さんに、わたしが来て待っているとそう云ったかね。ええ。」
田舎 (新字新仮名) / マルセル・プレヴォー(著)
肝癪かんしゃくを起させる程泣きもしず、意地汚く乳もねだらず、その健康から云っても、おぼろげながら見える品性から云っても、私は、実に理想的な児だと信じて居る。
暁光 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
果ては肝癪かんしゃくを起して、井の底を引掻き廻すと、折角の清水を濁らすばかりで、肝腎かんじんの柄杓は一向上らぬ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
王は聞えた怒り性だったが、かく言われても肝癪かんしゃくを起さず。それほどまでも厚くアを重んじた。
ああよくでかした感心なと云われて見たいと面白がって、いつになく職業しょうばいに気のはずみを打って居らるるに、もしこの仕事をひとられたらどのように腹を立てらるるか肝癪かんしゃくを起さるるか知れず
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
堪え忍んだ肝癪かんしゃくを破裂させた、顔を蒼くしてうめくようにいった。
誘拐者 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
進めるだけ進めと度胸をえて、のそのそ歩き出す。烏は知らん顔をして何か御互に話をしている様子だ。いよいよ肝癪かんしゃくさわる。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
これは経験のない人に話したところがわからん事であるからいうにも及ばぬが、しかし時々この誤解をしられるために甚だ肝癪かんしゃくさわることがある。
病牀苦語 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
が、二葉亭のこの我儘な気難かし屋は世間普通の手前勝手や肝癪かんしゃくから来るのではなくて、反覆熟慮して考え抜いた結果の我儘であり気難かし屋であったのだ。
二葉亭追録 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
勝手にしなと肝癪かんしゃくを起こせば、勝手にしなくッてと口答くちごたえをする。どうにも、こうにも、なッた奴じゃない!
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
恥かしいが肝癪かんしゃくも起しごうにやし汝の頭を打砕ぶっかいてやりたいほどにまでも思うたが、しかし幸福しあわせに源太の頭が悪玉にばかりは乗っ取られず、清吉めが家へ来て酔った揚句に云いちらした無茶苦茶を
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
おれはそんな事には構っていられない。坊っちゃんは竹を割ったような気性だが、ただ肝癪かんしゃくが強過ぎてそれが心配になる。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
大杉は直情径行でスパイの勤まるがらではない。もしその一本気いっぽんぎ肝癪かんしゃく傍若無人ぼうじゃくぶじん傲岸ごうがんが世間や同志を欺くの仮面であるなら、それは芝居が余り巧み過ぎる。
最後の大杉 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
一つ二つ芝居の話をしていると、下のボンボン時計が肝癪かんしゃくを起したようにジリジリボンという。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
彼の神経はこの肝癪かんしゃくを乗り超えた人に向って鋭どい懐しみを感じた。彼は群衆のうちにあってすぐそういう人を物色する事の出来る眼を有っていた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それに奥坐舗では想像おもいやりのない者共が打揃うちそろッて、はなすやら、笑うやら……肝癪かんしゃく紛れにお勢は色鉛筆を執ッて、まだ真新しなすういんとんの文典の表紙をごしごしこすり初めた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
健三の心は紙屑かみくずを丸めたようにくしゃくしゃした。時によると肝癪かんしゃくの電流を何かの機会に応じてほからさなければ苦しくって居堪いたたまれなくなった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼はおおい肝癪かんしゃくさわった様子で、寒竹かんちくをそいだような耳をしきりとぴく付かせてあららかに立ち去った。吾輩が車屋の黒と知己ちきになったのはこれからである。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
変であって見ればどうかしなければならん。どうするったって仕方がない、やはり医者の薬でも飲んで肝癪かんしゃくみなもと賄賂わいろでも使って慰撫いぶするよりほかに道はない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
また余りに肝癪かんしゃくが強過ぎて、どうでも勝手にしろという気にならない以上、最後にその度数が自然の同情を妨げて、何でそうおれを苦しめるのかという不平が高まらない以上
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
帰せないと箒を横にして行く手をふさいだ。おれはさっきから肝癪かんしゃくが起っているところだから、日清談判なら貴様はちゃんちゃんだろうと、いきなり拳骨げんこつで、野だの頭をぽかりとわしてやった。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)