肌目きめ)” の例文
加奈子は手を差し延べて空の肌目きめを一つかみ掴み取ってみる。絹ではない。水ではない。紙ではない。夢? 何か恐ろしいようだ。
豆腐買い (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
あかとかいうものが少しずつ少しずつ大理石の肌目きめに浸み込んで、斯様な陰気な色に変化してしまったもので御座います。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ぬめやかな凝脂ぎょうしは常にねっとりとその白い肌目きめからも毛穴からも男をそそる美味のような女香にょこうをたえず発散する。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いいや、そうじゃない。ほんとに、色が白くて、肌目きめがこまかい。おれの肌とは大ちがいだ。あんたのような身体に、彫青いれずみしたら、そりゃあ、みごとなもんだがなあ」
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
やしきの周囲には一本の樹木もなく、ただ美しい緑色の雑草が、肌目きめのよい天鵞絨びろうどのようにむっちりと敷き詰って、それが又玩具おもちゃのような白い家々に快い夢のような調和を投げかける。
死の快走船 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
ここらは山国で水の清らかなせいであろう、すべての人が色白で肌目きめが美しい。そのなかでもお杉は目立つような雪の肌を持っているのが、年頃になるにつれて諸人の注意をひいた。
くろん坊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
肌目きめがこまかいだけが取得の、無味で冷たく弱々しい哀愁、れもできない馬鹿正直さ加減。一方、伯母は薄笑いしながら説得の手を緩めない。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
眼は鳳眼ほうがんであり、耳朶じだは豊かで、総じて、体のおおきいわりに肌目きめこまやかで、音声もおっとりしていた。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
全体に赤黒く日に焼けてはいるが肌目きめの細かい、丸々とした肉付の両頬から首筋へかけて、お白粉しろいのつもりであろう灰色の泥をコテコテと塗付けている中から、切目の長いめじりと、赤い唇と
笑う唖女 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
血の気を増す苜蓿うまごやしの匂いがした。肌目きめのつんだネルのつやをして居た。甘さは物足りないところで控えた。
百喩経 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
どこやら信長に似ているおもざし、肌目きめのよいうなじから横顔の面長な線も、織田家の血液にある特質だった。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いい忘れたが年ばえはまだ二十歳はたちに届いていまい。肌目きめのよい白い肌は雪国の処女をすぐ想わせる。そうだ、その風俗といい、目鼻だちも、越後の女に特有な美があった。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「この子附けなますの美しいこと」「このえびいも肌目きめこまかく煮えてますこと」それから唇にから揚の油が浮くようになってからは、ただ「おいしいわ」「おいしいわ」というだけで
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
とろけるほどな年増としま肌目きめを、怖ろしいほど見せつけて、これでもかこれでもかと蠱惑こわくな匂いをむしむしと醗酵はっこうさせながら、精根の深い瞳の中へ年下の男のなめらかな悶えを
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いつも軽蔑けいべつした顔をして冷淡につけつけものをいい、それでいて自分に肌目きめのこまかい、しなやかで寂しくも調子の高い、文字では書けない若い詩を夢見させてれる不思議な存在なのだ。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
いつの間にか、もう平六の前にもあるじの前にも、美々しい膳部や酒器が並んでいた。それを運んで来たり、酒間をとりなす召使の女にしても、岡崎や浜松の女の肌目きめではなかった。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼女は決して美人ではないが、さすがに深窓しんそういつくしまれた肌目きめではあった。それに初産の後のせいかとおるような白い顔と指の先をしている。その手をひどく几帳面きちょうめんに膝へかさねて
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、おくへすすめば、すすむほど、土質どしつ肌目きめがあらく新しくなってくる。ところどころに、土をくりぬいただんがあった。段をのぼると平地ひらちになり、平地をいくと段がきりこんである。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小女が階下したあるじに告げたのであろう、やがて、その女主人おんなあるじがあいさつに見えた。三十ぐらいな肌目きめのよい美人である。武蔵がさっそく不審をただすと、その美人が笑って話すにはこうであった。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)