緘黙かんもく)” の例文
旧字:緘默
基督クリスト方伯つかさの前に立てる時も又同じ。彼等は何事をも自らのために弁ぜざりき。然も其緘黙かんもくけだしこの世に於ける最大の雄弁たりし也。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
張飛の悪口となると、なかなか雷同などの比ではなく、辛辣しんらつをきわめたものであったが、依然、敵は緘黙かんもくを守りつづけている。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこで会話は一分間ばかりとぎれて、ただ小さな沈吟の叫びが聞えるだけだったが、この緘黙かんもくが終ると奇妙なことが起った。
なお渠は緘黙かんもくせり。そのくちびるを鼓動すべき力は、渠の両腕に奮いて、馬蹄ばていたちまち高くぐれば、車輪はそのやぼねの見るべからざるまでに快転せり。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
伸子は、毅然きぜんたる決意を明らかにした。彼女は自身の運命を犠牲にしてまでも、或る一事に緘黙かんもくを守ろうとするらしい。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
緘黙かんもく、閉鎖されたる頭脳、永久誓願の牢獄に入れられたる多くの不幸なる知力、僧服の着用、魂の生きながらの埋没。
むしろ、何か悪霊あくりょうにでも取りかれているようなすさまじさを、人々は緘黙かんもくせる彼の風貌ふうぼうの中に見て取った。夜眠る時間をも惜しんで彼は仕事をつづけた。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
併しながら、あらゆる難関を切抜けて凡ての人々を緘黙かんもくせしめた所の、菰田家の巨万の富も、ただ一人、千代子の愛情の前には、何の力をも持ちませんでした。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
恐ろしい緘黙かんもく、重っ苦しい空気の中で、越前屋の奉公人たちは、お互の顔をそっと盗み見ております。
食事をしまって茶を飲みながら、隔ての無い青年同士が、友情の楽しさを緘黙かんもくうちに味わっていた。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
いやが上にも陰性になつて仲間から敬遠されることも意に介せず、それは決して嘗ての如き虚栄一点張の努力でなく周囲を顧みる余裕のない一国いつこく自恃じぢ緘黙かんもくとであつた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
長六閣下の機敏な統制と緘黙かんもくにかかっては、さすがの新聞記者たちも手も足も出なかった。
キャラコさん:03 蘆と木笛 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
(阿難少時緘黙かんもく、再び激昂の調子になり)その刹那せつな、血塗った蓮華が何処よりともなくばらばらと飛んで来て、わたしの身心にまとい付き、そしてわたしは無闇むやみにここへ運ばれて来た。
阿難と呪術師の娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
清之介君は第一回の細君矯正の試みに全然失敗してから、長い間緘黙かんもくを続けた。
女婿 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
よほどの重大な原因がなければならない。当局者の言明に由れば数日前に突発した事件に関聯するというが、その突発事故というのは何だか、マダ発表を許されないと堅く緘黙かんもくしている。
最後の大杉 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
江戸っ子魂の意地の強さを眉宇びうにみなぎらしながら、厳として緘黙かんもくしたきりでしたから、当然の帰結としてなんびとにもただちに想起される問題は、拷問火責めの道具ばかりとなりました。
そこには常に諸国から志士人傑が集まっていて、慷慨悲憤こうがいひふんの議論の絶えるときがなかった。しかしかれはその中にあっても悄然しょうぜんひと緘黙かんもくしていた。どのような熱狂にも巻きこまれなかった。
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
然れども狭山課長は緘黙かんもくして何事も語らず。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
その五郎左が、緘黙かんもくを破って、秀吉方へ、自己の旗いろを明らかにしたので、この時、勝家の面色ばかりでなく、座中はにわかに色めくものがあった。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
問と同じ、おずおずした淋しいひびきではあるが、たださらに高く、さらになよやかなのである。また新しい緘黙かんもく
トリスタン (新字新仮名) / パウル・トーマス・マン(著)
修道院長は、平素は厳格な緘黙かんもくの規則に縛られていたので、言葉の袋がはちきれそうにいっぱいふくらんでいた。それで立ち上がって、水門を切って放ったがように滔々とうとうと弁じ立てた。
じゃくとした一座、ともすれば、滅入るような緘黙かんもくが続きそうでなりません。
がんとして緘黙かんもくを守っていたそれなる鳶頭金助が、右門のつねに忘れぬいたわりと慈悲の心に、さしも強情の手綱がとけて、ころりと参ったものか、走りだそうとした伝六を呼びとめていいました。
英臣は苔蒸せる石の動かざるごとく緘黙かんもくした。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
沢井左衛門は——これがすでに自分の返辞である——として緘黙かんもくしていた。この強硬なものへ、武藤清左衛門には、ちょっと、取りつき得なかった。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
緘黙かんもくの規則も破られて、互いにささやきかわした。「庭番の手伝いですよ。」
万兵衛は深く暗い緘黙かんもくちます。
その情念の上に、理念からも、堂々たる正論を掲げて、衆判しゅうはんに問うたのであるから、さしも自主緘黙かんもくしていた諸将も、秀吉の主張にうごかされたのは当然であった。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また、気むずかしいはずである父の方も、元々、結婚前の妊娠を認めて家庭に入れた事であるから、それについては勿論、ほかの点でも一切、緘黙かんもくを守っている風だった。
が、彼の頑固な緘黙かんもくには、白洲しらすの奉行人も、もて余したことらしい。やがて、郷里の三河幡豆郡みかわはずぐんへ送り返され、郷党たちによる共同の責任のもとに“牢舎預け”となっていた。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
感のさとい官兵衛は、すぐ杯を下に置いて、それを緘黙かんもくの機とした。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)