じつ)” の例文
そして、急に真面目な顔をしてじつと男の顔を見ながら、『真箇ほんたうよ、私石女うまずめなんですもの。子供を生まない女は女ぢやないでせう?』
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
うなると、一刻いつこくじつとしてられぬのは武村兵曹たけむらへいそうである。腕拱うでこまぬいて、一心いつしん鐵檻車てつおりぐるま運轉うんてんながめてつたが、たちま大聲たいせい
いて呉れ、措いて呉れ、小説の講釈は聞飽きた、」と肱枕の書生は大欠伸あくびをしつゝ上目うはめじつみつめつ
貧書生 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
健は待つてましたと言はぬ許りに急に難しい顔をして、霎時しばしじつと校長の揉手もみでをしてゐるその手を見てゐた。そして言つた。
足跡 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
自分じぶん濡鼠ぬれねずみやうになつてことも、すくなからず潮水しほみづんではらくるしくなつてことわすれて、むねおどろきよろこびに、をどりつゝ、じつながむる前方かなた海上かいじやう
『静子さん。』と清子は、じつと友の俯向いた顔を見ながら、しんみりした声で言つた。『私よく知つてるわ、貴女の心を!』
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
じつ不思議ふしぎだ——あの船脚ふなあしはやことは——』と右手ゆんで時辰器じしんき船燈せんとうひかりてらして打眺うちながめつゝ、じつかんがへてるのは本船ほんせん一等運轉手チーフメートである。つゞいて
じつと松太郎の寝姿を見乍ら、大儀相に枕頭まくらを廻つて、下駄を穿いたが、その寝姿の哀れに小さく見すぼらしいのがお由の心に憐愍あはれみこころを起させた。
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
叔父は、内赤に塗つた大きい提子ひさげに移した酒を、更に徳利に移しながら、莞爾にこついた眼眸めつきじつと徳利の口をみつめてゐた。
刑余の叔父 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
其後姿を見送つた目を、其処に置いて行つた手紙の上に移して、智恵子はじつと呼吸をこらした。神から授つた義務をたした様な満足の情が胸に溢れた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
先生は御自分の一心で是非由松を普通あたりまへの小供にすると言つて、暇さへあればその由松を膝の間に坐らせて、(先生は腰かけて、)上からじつと見下しながら
足跡 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
『それで、兄樣は奈何どう思つて?』と、靜子は、並んで歩いてゐる信吾の横顏をじつと見つめた。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
と、一同みんなに挨拶した。そして、手づから椅子を引寄せて、遠慮もなく腰を掛け、校長や秋野と二言三言話してゐたが、何やら気の急ぐ態度やうすであつた。その横顔を健はじつ凝視みつめてゐた。
足跡 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)