片時へんじ)” の例文
ただ内蔵助が茶屋酒に酔いれながら、片時へんじも仇討のことを忘れなかったように、自分も女のために一大事を忘れようとは思わない。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
乗り合いは前後に俯仰ふぎょうし、左右になだれて、片時へんじも安き心はなく、今にもこの車顛覆くつがえるか、ただしはその身投げ落とさるるか。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
息はり、おもて打蒼うちあをみて、そのそでよりはつるぎいださんか、その心よりはゑみいださんか、と胸跳むねをどらせて片時へんじも苦く待つなりき。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
孝「わたくし何時いつまでも殿様の側に生涯へばり附いております、ふつゝかながら片時へんじも殿さまのお側を放さずお置き下さい」
『お殿様御事おんこと年来御放蕩の結果お鼻御落滅。同時に御失明のおそれ有之候間片時へんじも早う眼科へ転学可然しかるべく』とありました。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
太孫なおとし若く、子澄未だ世に老いず、片時へんじの談、七国の論、何ぞはからん他日山崩れ海くの大事を生ぜんとは。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
すると鍋小路の若殿まるで結納の品でも貰つたやうに有頂天になつて其紙莨入れを片時へんじも離さず到る処に番町随一の美人から貰つたと吹聴して廻つたさうだ。
犬物語 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
召抱めしかゝへ先是にてなりに合べし然らば片時へんじも早く京都へ立越べしと此旨を御城代へとゞけける使者は赤川大膳是を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
我が男子が徳義上に軽侮をこうむるの一事は、その原因中の大箇条だいかじょうなるが故に、いやしくもこれに心付きたる者は、片時へんじも猶予せずしてその過ちを改めざるべからず。
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
これほどまでに自分を引き留めたいのは、ただ当年の可懐味なつかしみや、一夕いっせき無聊ぶりょうではない。よくよく行く先が案じられて、亡き後の安心を片時へんじも早く、脈の打つ手に握りたいからであろう。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「何はともあれ、その江戸ッ子の大通先生を、片時へんじも早くこの場へ……」
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と毎日口に入るるものは片時へんじ等閑なおざりにすべからず。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
言語道断の淫戯者いたずらもの片時へんじも家に置難しと追出されんとしたりし時、下枝が記念かたみに見たまえとて、我に与えし写真あり。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
思ひてなれば差控さしひかへには及ばず越前とても予が家來なり是迄の無禮ぶれいは許すといひ又越前片時へんじも疾く父上に對面の取計とりはからふべしと有ば越前守はおそれ入て有難き上意を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
彼の陰に在りて起れる事、又は見るべからざる人の心に浮べる事どもは、貫一の知るよしもあらねど、片時へんじもその目の忘れざる宮の様子の常に変れるを見出みいださんはかたき事にあらず。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
と私は片時へんじも早く偏見へんけんを一掃することに努めた。
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
湯をわかす炭もなく、茶も切れていたのです。年も二十以上違っている。どうしてこんな細君を。いや、あの、片時へんじも手離さない「魔道伝書」を見るがいい。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かんがへ給ふ處におよそ奉行たる者は正路しやうろにあらざれば片時へんじ立難たちがた其正直そのしやうぢきにて仁義じんぎのもの當世たうせいに少し然るに大岡越前守伊勢山田奉行ぶぎやうとして先年の境論さかひろんありし時いづれの奉行も我武威わがぶゐ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
滅相な、片時へんじを争う。一寸のびても三寸の毛が生えようぞに。既に、一言を聞いた時、お孝には、もう施した。二人のためには手間は取られず、行方は知れぬ。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)