ほた)” の例文
獣小屋をうかがってみると人気ひとけはなく、土間には土を掘った炉穴ろあなほたの燃え残りがいぶっている。辺りのまきをくべ足し、腰をおろして
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
活発な論戦がいろりにほたを折りくべながら展開されているうちに、いつしか南瓜と馬鈴薯はおいしそうな湯気をふき始めていた。
長崎の鐘 (新字新仮名) / 永井隆(著)
行者は娘を捕え、手足を押えさせ、「この狐は尋常のことでは出てゆかない」と云って、炉から燃えているほたを取り、娘の陰部へ突き入れた。
ちくしょう谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
囲炉裏に笹の葉を焚いて、あたりが暖くなったためか、炉辺ろばたでコオロギが鳴き出した。笹の葉を焚くのだから、真冬のほたのようなさかんな火になる気遣きづかいはない。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
尊げの山伏の一行を見て、老いたる樵夫夫婦の者は、ほたを炉にくべ粟などをかしぎ、まめまめしくお接持もてなしした。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
小使室の前へ立ち戻って、遠くほたあかりでかしてみると、玉汗の手にあるものは、五十銭銀貨であった。
酒徒漂泊 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
囲炉裏にほたをさしくべ、岩魚の串刺にしたやつをあぶりながら、山林吏が、さっき捨てた土饅頭は何だね、と案内の猟師に訊ねる、旦那、ありゃ飛騨の御大名のはか
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
後にはに消えかかった、煤臭すすくさほたの火だけが残った。そのかすかな火の光は、十六人の女にさいなまれている、小山のような彼の姿を朦朧もうろうといつまでも照していた。……
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
部屋は掘立小屋にも近く、荒壁や天井の木組がそのまゝ眼につくものゝ、風雪に堪えるためか頑丈な柱や板を使って、それが、幾十年かのほたの煙で黒光りに光っております。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
白くいぶるほた余烟よえんとを透して見定めると、蒼白あおじろかおをしてやつれきった一人の男が、白衣の上に大柄な丹前を羽織って、火の方に向きながらしきりに自分の面を撫でている。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
せんと惣三は、顔を上げないでほたくべばかりしていた。少し取りすまして挨拶をしたよしは、しばらく奥へ入ったきりであったが、出て来たのをちらと見ると、別の華美な前掛になっていた。
和紙 (新字新仮名) / 東野辺薫(著)
谷底へついて見ると紐のちぎれさうな脚袢きやはんを穿いた若者が炭竈すみがまの側でかしの大きなほたくさびを打ち込んで割つて居るのであつた。お秋さんが背負子しよひこといふもので榾を背負つてれた谷の窪みを降りて來た。
炭焼のむすめ (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
が、読みおわったあとは、なにか、思い入るように、ほたの炎を、見つめたまま、いつまでも、源五兵衛と、黙りあっていた。
白樺の火とほたの火と、——この明暗二種の火の光は、既に燈火の文明の消長を語るものであつた。
槍ヶ岳紀行 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ほた三束、蝋燭ろうそく二十梃、わき本陣様より博労ばくろうごん衛門えもんに下さる」
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ほたの火が乏しくなると、吉野は傍らの炭籠のような物の中から、一尺ほどに揃えて切ってある細いまきを取ってべ足した。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ほたの火やあかつきがたの五六尺
澄江堂雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
松虫も、おののく手を、ほたにくべるようにかざした。紅玉を透かして見るように、その指の一つ一つが、美麗だった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そなたがべておるその薪のう——それはいったい何の木じゃ、ただのほたとも思えぬが? ……」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
炉に対して弦之丞げんのじょうは、ピシリと二、三本の枯れ枝を折り、衰えかけたほたの火へつぎ足している。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ほたの火もあまり過ぎては、暖に馴れて、かえって後が辛いし、人目を招くおそれもある。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
忌々いまいましさのり場を見つけるように、そこのほたをつかんで、膝がしらでポキポキ折り
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「住蓮、もう眠ろうか」安楽房は、ちょうど衰えかけたほたを見つめていった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その部屋には、夜の明けがたにいたるまで、き足すほたの火がつきなかった。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのほたの明りで、住蓮は書物を読んでいたが、根気をつめた背骨を伸ばして
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
西行は、燃えさしのほたを持って、炉の灰に、何やら書いているだけだった。