むかし)” の例文
旧字:
小父さんの周囲まわりにある人達でむかしを守ろうとしたものは大抵凋落ちょうらくしてしまった。さもなければおくせに実業に志したような人達ばかりだ。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
むかしに返し得べき未練の吾に在りとや想へる、愚なる精衛のきたりて大海だいかいうづめんとするやと、かへりてかたくなに自ら守らんとも為なり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
多一やい、皆への馳走ちそうに猿を舞わいて見せてくれ。恥辱はじではない。わりゃ、丁稚でっちから飛上って、今夜から、大阪の旦那の一にんむかしを忘れぬためという……取立てた主人の訓戒いましめと思え。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私もむかしおもうて胸一杯になって思わず涙をこぼしました。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
生活は三年前のむかしわだちにかえったのである。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「まずそうです。人民の問屋も、会所も廃させて置いて、御自分ばかりむかしに安んずるような、そんなつもりはないのでしょう。」
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
吾はその悔の為にはかのいきどほりを忘るべきか、任他さはれ吾恋のむかしかへりて再びまつたかるを得るにあらず、彼の悔は彼の悔のみ、吾が失意の恨は終に吾が失意の恨なるのみ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
こんな事情があるにもかかわらず住持の松雲はわざわざ半蔵の隠宅まで案内の徒弟僧をよこすほどのむかしを忘れない人である。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
むかしの主人を憐んで、助け起すやうにして、暗い障子しやうじの蔭へ押隠した。其時、口笛を吹き乍ら、入つて来たのは省吾である。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
むかしからの習慣として、あだかも茶席へでも行ったように、主人から奉公人まで自分々々の膳の上の仕末をした。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そう言えば、吉左衛門や金兵衛のむかしなじみでもはやこの世にいない人も多い。馬籠の生まれで水墨の山水や花果などを得意にした画家の蘭渓らんけいもその一人ひとりだ。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「これで、むかしの家でも焼けずに在ると、帰る機会が多いんだがナア」と達雄も快濶かいかつらしく笑った。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
これも境遇からであらう、と憐んで見て居るうちに、省吾はまた指差して、彼の槌を振上げてもみを打つ男、あれは手伝ひに来たむかしからの出入のもので、音作といふ百姓であると話した。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
斯ういふ中にも、ひとり力に成るのは音作で、毎日夫婦して来て、物を呉れるやら、むかしの主人をいたはるやら、お末をば世話すると言つて、自分の家の方へ引取つて居るとのこと。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
真実ほんとに、有る物は皆な分けてくれて了ったようなものですよ」とお倉は思出したように、「それがむかしからの習慣で……小泉の家はそういうものと成っていましたから……吾夫やどもね、 ...
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
今回下伊那の飯島というところまで来て、はからず同門の先輩暮田正香に面会することができたとある。馬籠泊まりの節はよろしく頼む、その節は何年ぶりかでむかしを語りたいともある。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その間に、お雪は留守番を母に頼んで置いて、むかしの学校友達だの、豊世の家だのを訪問して歩いた。子持で、しかも年寄のない家に居ては、こういう機会がお雪には少なかったからで。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
むかしの街道は木曾風の屋造やづくりの前にあった。従順な森彦の妻は夫を待侘顔まちわびがおに見えた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
土橋どばしの方角を指して帰って行く道すがらも、まだ捨吉はあのむかしの窓の下に、あの墨汁すみやインキで汚したり小刀ナイフえぐり削ったりした古い机の前に、自分の身を置くような気もしていた。壁がある。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
こう笑い話のようにして、高い酔った声でむかしを語るものもあった。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
めずらしくむかしの友達に逢っても、以前のようには話せなかった。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)